はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

市街橋の要素

かつて、「北海道三大名橋」という呼称があった。札幌の豊平橋(T13)、釧路の幣舞橋(S3)、旭川の旭橋(S7)である。豊平橋と幣舞橋はすでに架け替えられ、現役は旭橋のみである。

写真はそのうちのひとつ、先代の豊平橋を掲載している札幌市営交通のプリペイドカード。プレゼントでいただいたものなので処分するわけにもいかず、いまだに財布の中にある。

この橋を設計した山口敬助は、こんな言葉を残している(『北海道における鋼道路橋の歴史』北海道土木技術会鋼道路橋研究委員会、1984)。

「凡て市街橋としての二大要素は、遠く将来を見越して充分耐久的且美術的である事である。橋梁は単に人馬の通行に叶えば宜しいと言う時代は既に過ぎ去り、建築物と同じく其国の文化の象徴とまで言われて居るのである。」

当時の橋梁技術者の気分がよく現れているように思う。絵空事ではなく、「美しい国」づくりを実践していたのであろう。使命感を持って。

しかし、このような設計思想は、戦後にすっかり断ち切れた。逆に「単に人馬の通行に叶えば宜しい」という思想が定着し、橋梁は市民の意識にあまり残らないインフラのひとつになった。そのこと自体が間違いとは思わないが、「美しさ」への意識が希薄になったことで、丁寧に「考える」ことも希薄になったような気がする。

丁寧に考え抜いてつくったものには結果的に「美しさ」が宿るけど、それほどでもないものには「残念さ」が宿るのだと思う。