はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

ジャンクション

個人的なことだが、都市内のジャンクションは異様にカッコいいと思っている。住宅都市整理公団の大山顕さんが、超広角で撮影したJCT写真コレクションをずらりと並べている。これ、すごい。

高架橋はかつて、都市の先進性を象徴する構造物だった。東京オリンピックのとき、江戸以来の水路上に大急ぎでつくった首都高は、世界を驚嘆させたそうだ。「惑星ソラリス」という当時のソ連製SF映画では、その首都高の眺めを未来の風景として延々と映し出してるし。

ところが現在、都市内高架橋は先進性を示すものではなくなった。高架橋の眺めはすでに“あたりまえの風景”であって、なにものかを象徴するものではない。むしろ、邪魔な存在にすらなっている。その証拠に、老朽化した高架橋を撤去して河川を復活させたソウルの清渓川や、都市を分断していた高架道路を地下化して地上を園地化したボストンのビッグディッグなど、世界的に高架橋を撤去する動きが活発化している。

だからこそ、多くの人にもう一度見直してみていただきたい。都市内高架橋の、特に、それが絡み合うJCTの姿を。未来的とか、懐かしさとか、邪魔くささとか、そういった情緒的フィルターをできるだけかけずに。
過密な都市という厳しい条件の中で、交通という流体の動きに従ってつくられた道路線形には、結果的にある種の美しさが宿っていることを発見できると思うよ。

大山さんの写真群を眺めながら、そんなことを感じた。