はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

近代技術の敗北


海上都市・ヴェネツィアから車で高速道路を1時間ほど北上すると、もうそこはアルプスの山の中である。しばらく車を走らせてロンガローネという村で右折し、山道をぐんぐん上ってトンネルを抜けると、ヴァイオントダム(Diga del Vajont)という「廃ダム」に出くわす。完成当時は世界一の262mもの堤体高を持つ巨大ダムである。
およそ半世紀前の1963年、供用に向けて湛水試験を行っている最中、上流で大規模な地滑りが起こり、大量の土砂がダム湖の水を押し出し、巨大な津波が周囲の村々を根こそぎさらって、2000名以上もの犠牲者を出したという。このことは、ダムサイトの萩原さんから情報をいただいた。これは現場を訪れて、近代技術の敗北をしっかり心に焼き付けておかねばならないと思い、ヴェネツィアからレンタカーを借りて行ってきた。
あちこち寄り道をしながらヴァイオントダムに到着したのは、日が暮れかかってきた頃。上流側に整備された駐車場には5台ほどの車が止まっていた。近くにインフォメーションの建物や礼拝堂があったけども、シーズンオフのためか閉まっていた。ダム湖のないアーチダム上流面や眼前に広がる山の崩れは、すごく異様な雰囲気。少し下ってダム天端のあたりにくると、たくさんの花が手向けられた墓標がいくつも掲げられており、沈んだ気分とともに手を合わせた。
もう少し歩くとダム堤体が見えてきた。上流側からはまったく想像できない縦長のフォルムだ。しかも堤体の損傷はほとんどなく、今でも上流側に水を湛えていそうな風貌。そうか、上流側の谷はすっかり土砂で埋まっているのか、要するにこれはばかでかい擁壁に変身したのか、とようやく納得。
しかしまあいろいろと考えさせられる。自然の力とか、人々の生活の破壊とか、技術の使い方とか、安全の捉え方とか、電力確保のあり方とか、失敗の伝え方とか。今のところまったく言葉にならないのだけど、取り急ぎここで報告させていただく。
そうそう僕が訪れた冬の夕暮れでも、ひっきりなしに若いカップルや家族連れや老夫婦が訪れていたよ。みな熱心に情報板を見ていたし。今でも多くの人々がこの大災害から何かを感じ取ろうとしているんだね。