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はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

コピー・アンド・ペーソス


中国のコピー問題が世間を賑わせて久しいが、劣化したミッキーマウスドラえもんがいたテーマパークは、すでに入場者数も劣化が顕著らしい。市民の文化水準が急速に発達して価値観も変化してきていることや、中国政府も本腰を入れて知財問題に取り組みはじめていることもあり、あっという間に状況は変わっていくだろうね。できるだけしっかりとその推移を観察していきたい。
なにしろ、かつての日本だって人のことを言えないほど諸外国の技術や製品をコピーしまくって、そこに細やかな改良を積み重ねていくことでオリジナリティを獲得してきた歴史がある。文明開化なんてまさしくそうだし。わりと近いところでは、自動車とかカメラとか時計とかの工業生産品が顕著だし。情報の時代において、成長著しい国家がソフト的産業を中心にコピーをしながら経済を加速させていくってのは、ある意味必然なのかもしれない。おそらく超大国らしいとんでもないスケールだから問題も大きくなっているんだろうな。
もちろんコピーを肯定しているわけではないよ。それどころか、まだまだ日本人の価値観に深く染みこんでいる、○○風とか、○○調とか、○○式とか、いやいやもうたくさんだよと思うことも多々ある。でもね、じゃあニセモノとホンモノの境界線ってどこにあるのか、先人や他文化の素晴らしい功績を模倣することから学びとった価値は否定すべきものなのか、そもそも人類が生み出したもので純粋なオリジナルってのは存在するのか、などと考えはじめるとドツボにはまるんだよね。
日本ピクトさん学会の内海さんが「生活考察 vol.3」という雑誌に書かれている「ニセモノ考」という考察は、そんな悩みをますます加速させてくれるよ。おすすめです。
上の写真はオランダ人技師のムルデルが陣頭指揮を執ってつくられた江戸川と利根川を結ぶ「利根運河」の様子。1890年(明治23年)に完成した西洋式の開削運河は、なかなか見応えがある。そこには、時計台、樋門、通信塔などにおいて、「オランダ風」と称するとんがり屋根が散見される。ところが1年間過ごしたオランダで、これらに類するものは見たことがない。いったい何をコピーしたのだろうか。こうやってオリジナルが生まれてくるのだろうか。いやいや、いずれにしてもクオリティーが高くないとダメだよな、基本的に。