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はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

九州土木の分厚さ

メモ


現在、4泊5日の強行スケジュールで九州の北半分を巡っている。あるミッションを受けて、日本の近代化に寄与した名構造物を見て廻っているのだ。せっかくのチャンスなので、ついでにこれまで見たかった構造物や産業遺産も訪れているため、超過密スケジュールになってしまっている。実際に現地に入ってしまうと、たいてい予定していた時間を大幅に超過してしまうもんね、休憩する時間なんぞ全くない。好きなことだから楽しくて仕方ない一方で、体力的にはかなりきつい。それに、明日の夕方の便で無事に帰れるのかどうか心配でならない。
これまで九州方面はほとんど縁がなかったためにあまり実感がなかったのだけど、今回の旅では九州土木の奥深さをがっつり思い知らされている。極めて厳しい自然条件の中で積み重ねてきた歴史の厚さが尋常ではないようなのだ。つまり、自然災害の多さ、地形条件の厳しさ、土地や地域への愛着、公共事業への高い依存率などが、土木構造物にも刻み込まれているのだ。
たとえば、国道を移動するときは極めて快適なのにちょっと旧道や旧市街に入り込むといきなりハードなドライブになってみたり、なんでこんな辺鄙な場所にこんな高スペックの構造物があるのかと思ったり、各種構造物に対する解説が懇切丁寧になされていたり、同じ場所に建設年代が異なる道路が何層にも渡って整備されていたり、といった具合に。土木に対する市民感覚は、関東とはだいぶ違うんじゃないかと思った。
上の写真は、文政に架けられた2つの石橋、大正に架けられた石橋、架設年不明(昭和初期かな?)のコンクリートアーチ橋、昭和40年代に架けられた鋼方丈ラーメン橋を一気に体験することができる熊本県美里町にある二俣五橋と呼ばれる地点。なんだこの選手層の厚さは。すっかり九州土木に圧倒されたよ。