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はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

アートエリア内の砂防堰堤

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昨日までの4日間、長野と新潟の砂防やダムなどを「取材のため」と称しながらじっくり巡った。「遊びじゃないんだよ、仕事なんだよ」と、ほとんど意味のないうわごとを、ウキウキ気分が激しく先行する自分に言い聞かせながら。

今回の旅は再訪する対象が多く、黒部ダム(観光ダム)や高瀬ダム(人造岩山)や姫川の斜面崩壊現場(巨大なコンクリートの網)などを、天候回復を待ったりしながら時間をかけて鑑賞した。そのために思っていた以上に時間がかかり、すっかり体力と気力と興奮が尽きてしまったので、上越市にて延泊することにした。

「疲れているのなら大人しく帰ればいいじゃないか」という内なる理性の声には耳を貸さず、朝食を食べながら「さてどこに行こうかな」とホテルロビーにあった地域情報パンフをのんきに眺めていたら、「越後妻有アートトリエンナーレ」の記述があった。「おおこれだ、そういえば行きたかったものだ」と、すっかりメインカルチャーを忘れていた自分に気がつき、いくつか見て廻ることにした。

最初に訪問した「脱皮する家」では、恐ろしく手間のかかる作業に宿った怨念にも似た迫力を体感するとともに、管理人のおばあちゃんから最高のおもてなしをいただき、ものすごく気持ちが癒された。次に訪問した「農舞台」では、数年前からの大好物である過激なダッチデザインを味わうとともに、日本における展開の限界を目の当たりにした。次に「森の学校・キョロロ」では、地元の山の幸を使用したおいしい食事をいただくとともに、耐候性鋼板にふさわしい造形を堪能した。そして廃校になった小学校を利用した「最後の教室」で、予想を超えるホラー作品を体験したことで、すっかり意気消沈した。

まあいろんなアート作品を一気に見ると、当然のことながら感情は激しく揺さぶられ、疲労もたまるわな。そんな複雑なテンションで、国道353号を南下してやや新しいトンネルを抜けた瞬間、眼前に現れた光景に対して大声で叫んでしまった。なんと、巨大な鋼製セル式砂防堰堤が4函、荒涼とした風景の中に鎮座しているのだ。なんという非現実的な巨大アート作品。たいへん申し訳ないが、ここに至るまでに見てきた作品が、この砂防施設の露払いであるかのような感覚に陥った。

工事看板には「トヤ沢川災害関連緊急砂防事業」と書かれていた。東日本大震災の翌日に発生した長野県北部地震が引き起こした山腹斜面崩壊に対する事業だという。「なるほど、どおりでこの作品に宿っているリアリティの総量や強度は尋常でないわけだ」などとわけのわからん感想を抱きながら、短冊状の耐候性鋼板を貼り合わせたテクスチャー、背後の崩壊地とのコントラスト、圧倒的なボリューム感や存在感などをじっくり鑑賞した。事業が終了したら、おそらくある程度は近寄れるのだろう。その時には、あらためて再訪したいね。

そして、振り返ったときに見える東京電力の送水管らしき施設(これもすごい存在感のあるすてきな作工物)を鑑賞した後に、ややしばらく車を走らせて「ポチョムキン」をあたかも食後のデザートのごとく鑑賞した。そして国道353号に戻り十二峠経由で関越自動車道に乗ろうと思っていたら、峠付近の土砂崩れのために全面通行止めになっていた。最後までアート作品のリアリティを補強してくれるこのエリアは、やはり特別なアート適地なのかもしれないな。