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はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

選手交代

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先日、炎天下で都内の下町のフィールドワークをしていたところ、メインで使用していたカメラが突然お亡くなりになった。シャッターを切ったとたんフリーズし、電源を切っても、電池を抜き差ししても、叩いても、どうにもならなくなったのだ。この壊れ方から、もはやカメラは精密機械ではなく電子機器であることを痛感した。

このカメラはとても良く写るのに小さくて軽いという、個人的にはジャストコンセプト&ジャストサイズであった。ちょうど僕が転職した2012年の春に発売され、「がんばった自分へのご褒美」的なノリで購入したこともあり、フィールドに連れ出す道具としてとても気に入っていた。まあ、わずか2年半前の機種とは言え、性能はわずかながら陳腐化しているし、実は使いにくい箇所もうっすら感じていたのだけど。

ところが、すぐに使えるカメラがないとたいへん困る状況なのである。この夏も仕事で写真を撮る必要があるために、早急に手を打たねばならない。わりと悩んだ結果、10万円を軽く越える新たな機材を購入するとともに、古いカメラを壊れたまま放置する気分にもなれないので、2万円近くもかけて修理(というか部品交換!やはり精密機械ではなく電子機器なんだ!)に出すことにした。そして昨日、新たなカメラが届き、古いカメラをサービスセンターに持って行った。

その足で、通りすがりの御茶ノ水駅近辺で新たなカメラのテストをしてみた。おおお、なんだか使いやすいぞ、これ。なんだ、もう少し早く替えても良かったなあ。なんてことを思いながら、江戸の人工河川の上を通る地下鉄丸ノ内線の上を通る中央線の上を通る総武線という重層構造の様子を、久しぶりに撮影してみた。そして、古いカメラへの愛情や愛着の度合いが思っていたよりずっと低いことに気がついた。

電子機器に対する愛情や愛着って、その程度でしかないのだろうかねえ。自分自身への転職祝いって、ずっと保持しなくてもいいもんなのかねえ。こんな消費の構造をずっと繰り返していてもいいのかねえ。