はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

類型学による考現学

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2ヶ月ほど前、いつものようにボーッとtumblrを眺めていたら、衝撃的な写真が目に飛び込んできた。ショッキングピンクのタンクトップを着た、ややグラマーな女性たちがタイル状に並べられている写真だ。「ここここれはっ!!」と焦りまくって、そこにあった文字列で検索をすると10月に出版されたばかりのオランダ人写真家 Hans Eijkelboom による写真集「People of the Twenty-First Century」であることがわかった。その時はまだ、日本の書店での取り扱いはなかったが、もちろんそのまま、なんのためらいもなく輸入ってことでポチッとした。

およそ1ヶ月前にようやく手元に届き、それ以来、自分のデスクに置きっぱなしである。時間を見てはパラパラとページをめくっているのだけど、これが全く飽きないのだ。本当に素晴らしいコンテンツであり、この写真集に対するリアクションの良否によって、僕の職場への入室の可否を決定しようかと本気で思うほどである。

この写真集の内容は極めて単純。同じ時間に、同じ場所で、同じアイテムを身につけていたり、同じ行動を取っていたりする人が、同じように並べられているだけなのだ。それは1992年の11月にオランダのアーネムでの赤ジャンパーからはじまり、淡々と1ページ1テーマが時系列で並べられ、2013年の11月のアムステルダムでの赤ダウンで締めくくられている。内容的にはなんのストーリーもないが、オランダの都市を中心に、ニューヨーク、ベルリン、パリ、ロンドン、ムンバイ、カイロ、メキシコシティ、上海、東京など、世界各地で撮影されている。

この写真家は、カメラを首からぶら下げて、ポケットに忍ばせたレリーズでシャッターを切り、同じフォーマットに切り取って並べまくっている。盗撮というか、辻斬りだね、まるで。しかも20年間、この写真家の視線は決してぶれていない。写真集のページを繰る度に、カメラの性能の向上、ファッションの変遷、都市とトレンドとの相関、趣味と体型の相関、いろいろと気になることがたくさん出てくるのだが、彼はひたすら冷静に撮り続けているのだ。

いやもう、すごいんだよ、これが。20年継続した蓄積による圧倒的な量が生み出す圧倒的な説得力が、作品の強度を高めまくっている。アプローチは考現学を類型学(タイポロジー)でやろうとするもので、言うなれば誰でも思いつくことが可能なことだ。しかし、ひたすら続けるってのは尋常な行為ではないよね。しかも、被写体としての個人やファッションには全く興味がなさそうなところがたまらない。

「これって肖像権が」「許諾を得たの?」とかなんとか言う人は大量にいるだろう。写真家も出版社もしっかり腹をくくって、よくぞ写真集として出版してくれたものである。プライバシーの問題は多少ひっかかっても、表現者は表現で戦っているわけで、それはすでに保障された権利だ。鑑賞者としては、表現物をいかに楽しむかのリテラシーを持たねばと、気を引き締めさせられる。とは言っても、もしも自分や家族の姿がこの中に入っていたら、やっぱり戦慄するよね。

Hans Eijkelboom: People of the Twenty-First Century

Hans Eijkelboom: People of the Twenty-First Century