はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

年の離れた双子

f:id:hachim:20180127115103j:plain

ケルンのダンス場を見に行くときに、観光写真でよく登場する鉄道橋のホーエンツォレルン橋の歩道でライン川を渡った。その際に上流側に架かるドイツァー橋のシルエットを確認し、ふーん3径間の鋼橋か、あそこには隅田川に架かる清洲橋のモデルになった吊橋が架かっていたという話を聞いたことがあるなあ、時間があれば見に行くかな、という程度の感想を抱いていた。

ところが翌日、さらに上流に架かる斜張橋のセヴェリン橋を見に行った際に下流に目をやると、あれ?コンクリート橋があるぞ、そんなバカな、自分の記憶がねじ曲がったのか、などとたいへん動揺した。そして早足で近づくと、妙な興奮に包まれた。なんと、全く同じシルエットの鋼箱桁とPC箱桁が隣り合っているのだ。しかもPC箱桁にはまるで鋼橋のようなリブまで設けられているではないか。まるで異なる材料を用いながら、全く同じフォルムにするなんて、なんという執念深い設計だろうか。

帰国後に調べてみると、いろいろ面白いことがわかった。というか、事前に調べておけばよかったと悔やむことが多かった。旧橋である「ヒンデンブルク橋」と呼ばれた吊橋は戦争で被災して補修中に崩壊したこと、下流側は1948年につくられた世界初の鋼箱桁であること、その際は旧橋である吊橋の橋脚を転用していること、1980年につくられたPC箱桁橋は少し上流で建設してから現位置に移動する工法で架けられたこと、などなど。

そして、鋼箱橋の設計者はフリッツ・レオンハルトだが、PC箱桁橋の方には名前が入っていないこともわかった。とは言え、何らかの形で関与はしているのだろうけど。ドイツ橋梁界の巨人による仕事を引き継いだPC箱桁橋の関係者は、ものすごいプレッシャーがかかったんだろうなあ。そんなことを妄想しながら、レオンハルトの『ブリュッケン』を引っ張り出してみたら、ちゃんとこの2つの橋の記載があるではないか。「この2番目の橋によって、橋の美は完成された」と書かれているので、レオンハルトはこの仕事に満足感を得たのだろうね。

それにしても旅の仕込みは、事前にしっかりやりたいもんだねえ。なかなか難しいことも多いので、せめて事後の振り返りでカバーしないとな。その前に、気持ちのゆとりを取り戻さないとな。

【参考】
Stadt Köln:Deutzer Brücke
Köln Wiki:Deutzer Brücke
Structurae:Deutzer Brücke (1948)
Structurae:Deutzer Brücke (1980)

【追記】 @masubuchiさんより、PC橋の設計にはレオンハルト事務所のパートナーが関わっているようだ、という耳より情報をいただいたので、文末を調整しました。