はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

千本鳥居ダム

長野県の小谷村で開催された『「新」小谷村砂防ダムツアー』に参加した。朝8時から夕方4時まで、村内に点在する12の砂防施設をみっちりと巡るという、極めてマニアックなツアーだ。僕は9年前に一度、旧ツアーに参加している。その時に「私的ドボク大賞2013」に輝くほどたいへん感激したわけだ。このたびリニューアル版が追加されたとのことで、そりゃ行かないわけにはいかないでしょうとなったわけだ。当然と言えば当然だが、参加して大正解だったな。

その見どころのひとつ、2020年に完成した「ガン沢砂防堰堤」。まずはその名前の潔さにしびれる。約40mもの延長を持つ鋼製スリット部分は、鮮やかな朱で塗られており、ありがたみが尋常ではない。周辺環境との調和の観点から鋼製スリットは茶系で塗られることが多いのだが、この堰堤はがっつり目立っている。見られる気満々である。おそらく、このツアーの影響もあるんじゃなかろうか。

ちなみになんで鋼製スリットの延長がこんなに長いのかというと、この場所は谷幅が広い上に地盤が悪く、地盤改良の範囲をできるだけ少なくしたいからとのことである。鋼の方が軽くつくれるもんね。カタチの理由が比較的ストレートに読み取れることは、砂防堰堤の魅力のひとつだよなとあらためて感じたな。

コロナ禍の影響をもろに受けて旅に出る頻度が激減し、モノを観察して考察するというサイクルが損なわれてしまった。なんとかしなきゃと参加機会を死守したこのツアーだったが、体力も行動力も思考力も減退していることを突きつけられた。つまり、ツアーでの歩行や行き帰りの運転など、予想をはるかに超えてクタクタに疲れてしまったわけだ。そういった面でも、いろいろ考えさせられる機会となった。

 

斜線の立体ファサード

松本駅の近くにあり、バスターミナルや商業施設が入っている大型複合施設「アルピコプラザ」。大きな床面積を持つ施設には、各フロアから直接地上に到達できる避難階段が複数必要になる。このビルは、そんなルールを正面から受け止め、避難階段によくある申し訳なさを完全に振り切っている。

一見してゴージャスな斜めラインの連続に圧倒される。しかし、よくよく見てみると、終点が地表に到達していないラインがあったり、途中で途切れていたり、一部がエスカレーターに置き換わっていたりする。そんなことから察すると、どうやら一部の階段や非常出口は、いくつもダミーが含まれているようだ。もしかすると、駐車場との連絡通路は、後付けなのかもしれない。

そこら辺を強引にも見える勢いで上手にまとめ上げていることからも、ゴージャス避難階段ランキングの上位に食い込む良作であることは間違いない。わざわざ見に行くだけの価値はあるよ。

都市に埋め込まれた川

おしゃれなショップやカフェが建ち並び、渋谷と原宿を緩いカーブが連なって結んでいる「キャットストリート」へ、少し前に所用があって行ってきた。案の定、キラキラした雰囲気に気圧されて不要に緊張してしまい、どのお店にも立ち寄らず足早に通り過ぎたわけだが。

この通りはファッションの発信地らしいが、そんなことよりも「暗渠」であることが僕にとっては重要だ。キャットストリートの正式名称は「旧渋谷川遊歩道路」であり、渋谷川に蓋をして下水道幹線となった暗渠であることが明示されている。やんわりとしたカーブは実に川っぽいし、護岸のパラペットがそのままの状態で露出している箇所も多い。下水道の境界標もちゃんと発見できた。

かつて田園地帯をのどかに流れていた渋谷川も、周辺地域の急速な市街化に伴い、生活排水が川に流れ込むことで非衛生的な環境が形成され、迷惑施設として人を遠ざけるようになっていったのだろう。渋谷川のこの区間は1960年代に暗渠化され、住宅街の中に溶け込んだ。1980年代から区の事業として一帯の整備が進められながら、現在の街並みが形成されていったという。一時期は街の裏だった川が、ファッションの発信地として脚光を浴びるように変化したのだ。

暗渠を歩く体験は、少し観点を変えると、時間軸を行き来しながら水の流れをトレースするという特別なものになるよね。地形を読み取って水の流れを想像し、かつての人々の活動を思い浮かべながら、現在の風景を重ね合わせる。そうした行為は、隠されている川を復権させていると捉えることもできるね。