フランスの文人であるモーパッサンは晩年、1889年のパリ万博に際して建設されたエッフェル塔の中にあるレストランに、足しげく通っていたそうだ。その理由は「ここなら、あの忌々しい巨大な骸骨が目に入らない」からなんだと。美しいパリの街の景観を損なうものとして、心の底から憎んでいたんだね。
既成の観念を打ち崩す新しい価値への拒否反応は、生物としての本能に起因する自然な行動だと思う。多くの人は、自分が関わる事柄の変革を嫌う傾向がある。社会経験や社会的地位があればあるほど。そう思うと、鉄の時代の幕開けを告げるテクノスケープを否定するモーパッサンの気分も、少しはわかる気がする。
しかし、新しい価値に十分な力が内在し、時代に適合していれば、やがて受け入れられる。そして、やがては当たり前のものとなる。20年後に取り壊す約束で建設されたエッフェル塔は、現在では誰もが認めるパリのシンボルとして生き延びている。多くの人が、あたりまえのように“美しい”と感じながら。
ちなみに、“La Tour De 300 Metres”というエッフェル塔の写真+図面集がある。緻密に描かれた美しい図面からは、120年ほど前のエンジニア魂がひしひしと伝わってくる。まるで秀逸な絵画を観ているようだ。ずっと眺めていても、全く飽きることがない。この感動が1万数千円で手に入るのだから、極めてお買い得だと思う。
ただ、この本の問題は、でかすぎることだ。本棚には入らないので、家具の隙間に押し込んである。久しぶりに手に取ろうとしたら、ほこりまみれになっていた。
La Tour De 300 Metres: Facsimile Edition
- 作者: Gustave Eiffel,Bernard Lemonine
- 出版社/メーカー: Taschen America Llc
- 発売日: 2006/11
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログ (1件) を見る