国の取り組みとしての「インフラツーリズム」が、いよいよ見える形になってきた。数日前、国土交通省総合政策局による「インフラツーリズム ポータルサイト」がお目見えしたのだ。10年近く前からゲリラ的にドボク観光に取り組んできた者として、うれしい限りである。
もちろん現時点ではコンテンツが充実しているとは言いがたいし、いわゆる役所的なトップダウンの業務進行形態らしいので、「面白み」には欠けている。今後の拡充に伴っては、観光者のスタンスをないがしろにして管理者の都合で語られるとすると、大問題だよね。せっかく盛り上がっている気運が、一気に沈静化しかねない。
一年ほど前、インフラツーリズムに関する論説を読売新聞に寄稿したことを思い出し、ネット上を検索してみたのだが、どうやらリアル紙面だけにとどまっているようだ。それなりにがんばって書いた文章をみすみす葬ってしまうのはもったいないと思い、ここに全文を掲載しておくことにする。僕もたまにはこんな大マジメなこともしているんだよ。ご興味がある方は、ぜひご一読ください。
ちなみに、上の写真は2013年に開催したセミプライベートツアーの「夏の奥利根ダムツアー」での奈良俣ダムの様子。これ、むちゃくちゃ楽しいツアーだったなあ(ある少年の夏の日)。
『インフラを観光資源に』
読売新聞、2015年2月13日(金)朝刊、『論点』(掲載記事にほんの少し修正を加えている)
価値観の多様化により、団体行動中心のパック旅行がビジネスモデルとして立ちゆかなくなる中、「ニューツーリズム」と呼ばれる新しい旅行形態が模索されている。テーマ性が強く、体験型・交流型の要素を取り入れた観光だ。国の観光立国推進基本計画に盛り込まれ、地域再生への寄与も期待されている。
ニューツーリズムには、エコツーリズム、グリーンツーリズム、文化観光、産業観光などがある。例えば、世界遺産登録されたばかりの富岡製糸場は、地域文化を形成してきた絹産業をテーマとして、見て、学んで、体験する産業観光の象徴と言える。
そこで、ニューツーリズムの有力なメニューとして最近概念が生まれつつある「インフラツーリズム」を推進してはどうだろうか。ダムや橋梁などの土木構造物、砂防や治水などの防災システム、それらの工事現場など、多くの人が「見ていない」ものに着目するものである。黒部ダムや瀬戸大橋などの有名施設以外にも、視点を変えることで楽しめる対象は、実は身近にいくらでもある。
そもそもインフラ施設は、地理・地形・気候などの環境条件に起因する地域特有の課題に個別に対応してつくられている。それらは重力・水圧・熱応力などの物理現象に向き合う技術に基づいている。さらに、時代背景や地域社会の影響も加味されている。
その結果、インフラ施設の表層には、圧倒的なスケール感やリアリティー、機能優先のダイナミックな造形、大胆さと織密さの混在などが表れる。そこに生じる「感動体験」や「面白さ」は、観光行動の出発点として十分な価値を有している。そして、そこから逆に遡っていくことで、地域の成り立ちを深く知ることができるのだ。
こうした動きには、土木構造物の愛好家たちの存在が影響している。マスメディアの枠の外にいた深い趣向を持つ個人が、自由に情報を発信するようになり相互につながったことが大きな要因だ。そこに、かつての過剰な公共事業批判への反省や、本質を見極めようとする冷静な観点が重なった。土木行政や建設業界にとっては、社会とコミュニケーションを図る大きなチャンスになっている。
インフラツーリズムの実施に向けては、諸施設の管理者である官公庁や企業とツアーの実施主体との連携を強化する枠組みが不可欠である。これまで観光を全く意識することがなかった世界に、新たな価値観をもたらすことは容易ではない。関係者同士が「面白がる」ことと、それを受け入れる環境の寛容さや風通しの良さが重要となる。観光ビジネスにおいても、集客量増加を主目的とする古い枠組から脱却する必要がある。
単価が多少高くなっても、まずは地域住民や愛好家を対象とする少人数の限定ツアーを行いたい。個々のコンテンツの見せ方が工夫され、面的な広がりを生み出せるようになれば、ビジネスとしての可能性がさらに高まってくる。そこから生まれる地域への理解と愛情をいっそう深めていくことこそが、永続性のある観光立国への礎となるだろう。