はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

計画の慣性

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9月の出張でたまたま見かけた「土浦ニューウェイ」の高架橋の造形はとてもレベルが高く、桁と橋脚の連続性やアールの取り方などのおさまりがたいへん素晴らしい印象だった。それはさておき、翌月にすぐさま再訪したほど違和感のインパクトがすごかった。その理由のひとつが、高架道とセットで整備されたショッピングモールの存在。これが強制的にあれこれ考えさせられるほど、活気が感じられなかった。

500mも続く3階建ての商店街の稼働率は、具体的な数字はわからないけど低いように思えた。ショッピングモールのエリア全体にわたって多数設置されているエスカレーターは、全て稼働していないようだった。拡張する計画の痕跡、高架下空間のかつての水路を思わせるやや過剰なデコレーション、当時のお約束だったと思われるパブリックアートなどもひっそりとしていた。

すべての事象が右肩上がりに拡大することが前提だった社会で思い描かれた計画と、おそらく、現状は全く異なっているだろう。土浦ニューウェイが開通した1985年の時点では、まだまだ多くの人が拡大こそが明るい未来をもたらすと信じていたと思う。さまざまな関係者の前向きな願いが大きな慣性力となって、地方都市が担うにはあまりにも大きな都市計画がつくられ、具体的な都市インフラが残されているのかな。ポジティブの怖さを強烈に感じる事例だけに、今後も注視していきたいな。