2018年8月14日、イタリアのジェノバで「ポルチェヴェラ高架橋(Polcevera Viaduct)」が崩落した。上の写真にある全てのケーブルと桁と塔が一瞬にして崩れ落ち、通行車両に乗っていた方や桁下の住民などが43名も死亡するという、とても痛ましい事故だ。もちろん僕も大きな衝撃を受けて、数日間ふさぎ込んでしまった。何しろこのユニークな姿に興味を持って、2012年の冬に訪れたことがあるので。(過去記事:おかしな斜張橋、どちらが先か)
この事故について、先月末に現地を訪問したドイツ在住の構造エンジニアの増渕さんが、詳細かつ明快なレポートを書いてくださったので、みんなしっかり読もうね。偉大な構造家であるモランディに対するリスペクトがあるからこそ、このような見方が獲得できるのだろうね。僕としては、そのレベルに到達していることがリスペクトの対象なのだが。
あの日僕は、出張先から戻る機内でtwitterのタイムラインをダラダラと眺めていた。そこに不十分な内容の速報が出てきて、まさかこれはあれのことか!と慌てふためいて検索しまくったことを憶えている。機内のwifiがちょっと重くて、焦りからイライラしちゃったけど。
事故直後から、落雷による損傷が引き金となった説、設計上の問題、財政事情による維持管理体制の不備、民営化に伴う管理会社のビジネス問題、マフィア絡みの低品質コンクリートを使用した説、などなど、様々な言説が飛び交っていた。基本的には維持管理面の問題が大きいものの、さまざまな要素が複雑に絡み合っていることは間違いなさそうだ。つまり、誰が悪いとか何が悪いなどと、安直に帰結できない話であることはわかった。社会制度面の話はさておき、構造物としての話はエンジニアの見解を伺いたいと思っていたところ、増渕さんは8月末の段階でしっかりまとめてくださった。この記事のおかげで、僕の気持ちもずいぶん落ち着いたんだよな。
エンジニアリングと社会の接続って、本当に難しいと思う。特に専門性が高い対象ほど、自分には関係ないという気持ちが芽生えてしまい、ついつい距離が離れちゃうもんね。つい先日も防災関連のすごい専門家とお話しさせていただく機会があったのだが、その方は素人に詳細な情報を伝える必要はない、むしろ絞るべきだという立場をとっておられた。それはそれでわかる気もするけど、本当にそれがいいかは疑問に思った。やはり、越境とか接続とか、そこら辺を模索する人間はいてもいいんじゃやないかね。なんの業績にもならないけど、やりがいだけはあるんだよな。