海外旅行で知らない街を訪れた際に、少々不穏な空気を感じてゾワゾワする場面がよくある。できればそんなシチュエーションに陥りたくないなと思いながらも、あの緊張感をついつい能動的に堪能してしまう人も少なくないだろう。結果的に旅の体験を豊かにしてくれることが多いもんね。
ゲーム『サイバーパンク2077』の舞台であるナイトシティでは、あの緊張感に極めて近い体験を味わうことができる。エリアによって程度の差こそあれ、基本的に退廃的で治安が悪い場所ばかりなので。そこでは危なっかしい輩たちやゴミの散乱に加えて、落書きや貼り紙が緊張感を視覚的に伝える重要な要素になっている。それらは日本ではあまり見ないが、海外の都市では目にすることが多い気がする。特に2011年に訪れたベルリンは、落書きパラダイスだった印象が強く残っている。おそらく、旧東ベルリンにあった「タヘレス」というあまりにもヤバい建物によって植え付けられたものだろう。
この建物は1908年に巨大デパートとしてつくられた直後から、断続的に運営主体が変わり、増改築を繰り返し、利用形態も変化し続けてきたようだ。第二次世界大戦中には一部が捕虜収容所としても使われたらしい。1980年には老朽化のために諸施設が閉鎖されて一部が取り壊されたのだが、ベルリンの壁崩壊後の1990年にアーティスト集団が建物を占拠し、やがてベルリンの重要なアートスペースになったという。その後、権利関係ですったもんだがあって、2012年に強制退去となって完全閉鎖された。
僕は運良く閉鎖の前、すっかり観光地になっていたタヘレスを訪問することができた。写真を見返しても強烈なアンモニア臭を思い出してゾワゾワする。いまはどうなっているのかと気になって軽く調べてみたら、2014年に買い手がついたとのこと。現在この一帯は、住居、オフィス、商業施設などの大規模再開発が行われているようで、タヘレスは写真を中心としたアートスペースとして、2022年末に再オープンする計画のようだ。
エリア全体の計画はヘルツォーク・ド・ムーロンが手がけているらしい。再開発のオフィシャルサイトには、この場所の歴史や文化を引き継ぐと書かれているが、この凄まじい退廃感はどうするのだろうね。強烈なアンダーグラウンド感をクリーニングするのか、非計画がもたらした価値を計画にうまく取り込むのか、興味が尽きない。それこそ面白いサイバーパンク感が生まれそうだ。いずれ見に行けるといいな。