はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

ガンダム

博多港の埠頭で見た、ガンダムっぽいカラーリングの装置。役割はさっぱりわからないが、メカメカしい造形と相まって、心の底にザワザワするなにかを感じる。

先々週、卒業生が遊びに来てくれたのだが、彼と昨年交わした『機動戦士ガンダム』を鑑賞するという約束を、まだ果たしていないことがバレてしまった。大学の業務が一段落して少しゆとりができてきたことで、ようやく重い腰を上げてアマプラ鑑賞をはじめた。すると、すっかりのめり込んでしまい、現時点で残りあと4話というところまできた。ちょうどニュータイプの存在がクローズアップされてきた頃だ。この物語を終わらせたくないという気持ちに陥ってしまい、視聴ベースがすっかり落ちてきた。呼吸を整えようと、メモを書くことにした。

僕は『機動戦士ガンダム』を、小学生の頃に観たことがある。劇場版三部作は旭川の映画館で観た記憶がうっすらあるので、中学1年生だったはずだ。当然のことながら、ガンプラにはしっかりハマり、改造を楽しむ方向でものづくりマインドが開発された。しかし、その後の続編は観ておらず、いわゆるガンダムマニアにはならなかった。

アムロやシャアといった主要な登場人物や、大まかなストーリーはなんとなく憶えていたが、僕はこども向けの「ロボットアニメ」として認識していたのかもしれない。あらためて鑑賞し、あまりにも濃密なストーリー、個性的で魅力的なキャラクター造形、豊かな表現手法、そして異常に速いテンポなどにおののいている。こんなにもしっかりと戦争の悲劇を描き、少年少女たちの成長を描き、人々の揺れ動く感情を描いているとは。当時小学生の僕が理解できなくて当然だよな。

さて、最終盤を鑑賞しますかね。涙とともに。