はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

人々は移動する

ロッテルダムにある2025年5月にオープンしたばかりの「FENIX」というミュージアムに行ってきた。ウィキペディアの英語では「FENIX Museum of Migration」となっており、日本語では「FENIX 移民博物館」と表記されることが多いようだ。実際の展示を見た印象としては、「FENIX 移動する人々の美術館」とした方が実態に合っているように感じた。

それはともかく、移民反対や外国人排斥が声高に叫ばれている現在の世界情勢において、よくぞこんな重たいテーマを中心軸に固定したもんだという驚きや、歴史的に見ても移民の流入と流出を繰り返しているこの寛容の国ではいったいどんな展示をしているのだろうかという興味から、オランダ訪問を決断した。なんて言うのは後付けの理由であって、本当のところは建物の上空に浮かぶわけのわからないステンレスの螺旋が絡みつく展望台に唖然として、こんなバカっぽい施設は実際に見に行かなきゃ!しかも古い倉庫のリノベーションらしい!しかも移民がテーマだなんて意味がわからん!となったわけだ。つまり、彼らのマーケティング戦略にまんまと引っかかったということだね。

当然のことだが、現地に行くとどうしてもこの展望台に目が釘付けになってしまうので、展示物を見るよりも先にこれを登った。歩を進めるたびにグニャグニャと世界が変わる体験は本当にわけがわからず、テンションが上がりっぱなし。屋上のレベルに出るとロッテルダムの眺望が開けて一気に世界が変わる。しかしここでも興奮の方向が変わるだけで、やはりヒャッハーしまくり。しかも僕が行ったときは、水上で行われていた別イベントが大音量で電気グルーヴのリミックスを流していたから輪をかけてヤバかったし。頂上の展望台に到達してしばらくすると少し落ち着きを取り戻し、はて?このスパイラルの構造は?となって眺め直してみたのだが、さっぱりわからない。僕が見ているこの世界はCGなのでは?という疑念に駆られ、強烈な異世界感にやられっぱなしだった。

すでに十分ヘロヘロになっていたが、そこから展示スペースに降りていくと広大な倉庫空間が。そこに、ものすごくゆとりを持って配置されたアート作品が多数あった。やけにポップな作品もあれば、シニカルな笑いを含む作品もあれば、ストレートにヘビーな表現をする作品もあれば、思っていた以上にバリエーション豊かで思考がとっちらかってしまう。徐々に慣れてくると、個別の作品を楽しめるモードに変わってきた。

そして地上階に戻ってくると、圧倒的な量の旅行カバンで迷路を構成するという作品が。人は移動しながら迷いに直面する現実を突きつけられ、壁面に記されたロッテルダムにおける移民の歴史にシリアスな心境になった。さらに反対側のコーナーに行くと、そこはさまざまなルーツを持つ移住者の家族写真が展示されていた。いわば、個人レベルで感情を激しく揺さぶるやつ。最後の最後で写真のリアリティや記録性の強度にやられてしまい、完全にフラフラになった。

そんなこんなで、思っていた以上に充実の体験が得られる施設だった。気になったのは日本語で表記される「移民博物館」のイメージとのギャップ。つまりシリアスな気分で歴史的な資料を閲覧するモードで訪問してしまったが、実際はずいぶん違ったこと。少なくとも「博物館」ではなく、「美術館」だった。さらにちょっと調べて見ると、「Migration」は移住、移動、移行という意味であり、移民は「Immigration」という違う単語で表現されるようだ。たしかに展示物には「移民」をテーマにしたものも多数あったが、もっと広い意味で「移動」と捉えて向き合った方が良さそうだ。そうそう、ついでに昔学校で習った「ゲルマン民族の大移動」の英語は「Great Migration (of Germanic Peoples)」のようなので、まあ人類は昔から移動し続けていることを前提に考えればいいのかね。