
昨日まで有明海に面する福岡県柳川市に取材に行っていた。街中の見るべきものはあらかた見たということで、飛行機の時間を逆算しながら、有明海の干拓の歴史をトレースするドライブを敢行した。
現地に行ってみると、緩やかな扇状のカーブを描くように集落が形成されている。その一部は小高い丘の上に立地している場所があり、その両側には排水路がある。少し進んでみると、周囲よりもずいぶん高い場所に建てられている水天宮を見つけた。どうやらこの集落のラインが旧堤防のようだ。さらに海に近づく。同様に帯状の集落が形成されており、先ほどよりは低いものの、旧堤防であろう高低差があった。そこから海側を眺めてみると、今度はこんもりとした森がやはり帯状に続いている。それを横切る道路に行ってみると、旧堤防の断面と思われる台形状の地形が観察できた。海側には石積か石貼りになっている箇所もあった。この帯状の森は、堤防を強化するための植栽が繁茂したものかもしれない。このように、段階的に開発された干拓地を味わいながら、有明海へと近づいていった。そして最後に、天端の高さが7.5mにもなる巨大な海岸堤防に至った。
大潮の時の干満差は6m近くになる有明海は概ね満潮だったようだ。コンクリートの堤防で分断された農地と海面の二つの世界は、どちらも穏やかだった。対岸の佐賀か長崎の山の稜線が見え、沖合にはおそらく海苔養殖の漁場が果てしなく広がり、海岸線には桟橋のような木製の頼りない構築物が点在している。なんとも味わい深い風景を前に、しばらくぼんやりとした。
すると、どこからともなく現れた高齢の方々が僕らの脇を抜けて構築物に入っていった。何やらごそごそと作業をして、最終的に大きな網を拡げて海中に投入した。そして全く予期しなかったことに、僕らに向かって「見て行くかい?」と誘ってくださった。もちろん喜び勇んで桟橋を進み、彼らの元へ。これはなにかと尋ねると、「くもで網」だという。しばらくしてから海底に降ろした網を持ち上げると、そこには結構な量のエビが入っていた。それを手慣れた様子で回収し、また網を海底に。大興奮しながらいろいろお話しを伺うと、この漁法は干満の差が激しい有明海特有の伝統的なものだという。捕れたエビの種類や雑魚などの解説もしていただき、本当に貴重な体験になった。
これ以上お仕事の邪魔はしてはいけないと思って引き上げようとすると、なんと「このエビを持って帰りなよ」とのこと。丁重にお断りしつつ感謝を申し上げ、そそくさと堤防に引き上げたところ、大きな声で「スズキがあがったぞ」とでかい魚を遠目に見せてくれた。大物も捕れるのかこの豊かな海は。心が豊かになったところで、空港に向かって移動をはじめた。その結果、到着がギリギリになってしまい、レンタカー屋さんにご迷惑をおかけしてしまった。なんとか帰りの飛行機には乗れたことで、結果的にすべてが良い体験になった。出会ったすべての方々に感謝申し上げたい。