はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

低湿地の共同体意識

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。早速だが、昨年の『私的ドボク大賞2025』にノミネートされた重要な作品にも関わらず、ブログに記録していなかったものについて、あらためて記述しておこう。

有明海に注ぐ矢部川と筑後川の間に広がる柳川市は、掘割の街として有名な観光地になっている。実際に毛細血管のように高密度で水路網が張り巡らされており、地図を見ると本当にびっくりする。この土地はそもそも水はけが悪く、高潮の影響を受けやすく、水不足に悩まされるような低湿地なのだが、その厳しい地形条件での暮らしを支えるために構築された総合的な水インフラシステムが現存しているのだ。

弥生時代からこの地に住み着いた人々は、農地を干拓するための排水路として、また生活用水・農業用水を蓄える貯水池として、さらに豪雨時には遊水池として掘割を築き、拡げ、守ってきた。その営みは戦国大名によって飛躍的に拡張され、近隣河川からの導水や防衛の濠を兼ね備えた水路網をもつ城下町に至った。つまりこの掘割は、生活・生産・防災・防衛などの多面的な機能をもつ、地域の生命線そのものと言える。

しかし、戦後の近代化や経済成長の波は、一転して掘割を荒廃させてしまった。上水道が整備されるに伴い、生活用水としての役割を失った水路網は、人々の意識から急速に薄れていったという。いつしか生活排水や化学肥料により汚染され、ゴミやヘドロが溜まり、悪臭を放つ厄介な存在となった。

下水道の整備に際して暗渠化されて埋め立てられようとしていたところ、広松伝という一介のの市職員が立ち上がり、掘割再生の道筋をつけたという。涙なくては語れないここら辺の話については別途お調べいただきたく、ここでは省略する。なんにしても、堀割の浚渫、汚水流入防止、維持管理を住民参加によって実現するという「河川浄化計画」として実を結び、現在に引き継がれている。

これは、現代の地方創生や市民参加型プロジェクトにおいて理想とされる姿そのものであり、極めて先駆的な取り組みと言える。実際にははるか昔から、水を介して育まれた共助と自主自立の精神が育まれていたのだろう。やはり低湿地の国オランダが、堤防や運河をめぐる共同管理によって独自の自治文化を育んできたように、柳川にもまた水と共に生きる人々の社会参加の文化が根づいているのだろうね。