
大型連休に自宅で引きこもるのも、あまり健全ではないよね。夏のように晴れ渡った昨日は、カメラを持って近所の散歩に出かけた。あちこちで道草を食いながらフラフラ歩くこと2時間弱。辿り着いたのは、新興住宅地のただ中に鎮座する「旧東京無線局検見川送信所」だ。
1926(大正15)年に竣工し、1979(昭和54)年にその役割を終えたこの施設は、東京中央郵便局などで知られる建築家・吉田鉄郎の手によるモダニズムの傑作とされている。かつて日本初の短波による国際無線通信を成し遂げたという重厚な歴史を背負いつつも、夕暮れに向かう穏やかな光の中では、エッジがやんわりと丸められた造形が際立っていた。いやほんと、かわいいよね。
この遺構は、決して放置されてきたわけではない。地元有志による「検見川送信所を知る会」が長年、見学会や写真展を開催してその価値を伝え続けてきた。2011年には千葉市の指定有形文化財にもなり、市も民間活用を模索する公募を行い、実際にワークショップが開催されるなど、再生への動きは確実にあったのだ。こうした前向きなエネルギーがあるからこそ、建物は今もここに立っていられるのだろうね。
しかし、目の前にある現実は、開口部を塞ぐ無骨な鉄板と、周囲を厳重に囲う緑色のフェンスだ。文化財として「保存」はされているが、実態は「活用」にはほど遠い「塩漬け」に近い印象を受けた。周辺で着々と進む宅地造成の風景を眺めながら、いつかこの場所も効率の波に飲まれ、亡き者にされてしまうのではないかと、余計な心配が頭をよぎった。
千葉県北西部という土地柄は、経済合理性や東京への志向が強すぎるあまり、足元にある固有の文化資産を育むゆとりを後回しにしている気がしてならない。引いた視線で見ると、自然の海岸線を埋立によって消し去ったり、ものすごく強引なやり方で地域社会よりも国際空港の開発を優先したり、大量に存在した陸軍関連施設や戦災遺構などをマンションなどに変えて軍都の面影を消し去ってきたもんな。この奇跡的に残された廃墟も開発の圧力に飲み込まれず、地域の核となる施設として転生する方向に進んでほしいよね。角が丸まった建物なんて、現代ではなかなかつくれないだろうから。