はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

基幹産業ダム

f:id:hachim:20170922234831j:plain

たいへん幸運なことに、ブータンでの集落調査の研修として、1986年につくられたブータン初の水力発電用ダム「チュカ水力発電所(Chhukha Hydropower Plant)」の見学が許可された。天端も堤体内部も下流側も、たっぷり時間をかけて堪能させていただいて大興奮。下流面の姿もとてもかっこよかった。でも、写真撮影は一切禁止だったので、ゲートの手前から撮った写真を載せておくね。記憶が定かなうちにと、帰国後にネットで下流面の写真を探してみたのだけど、かつて発行された切手の図柄しか見つけられなかった。

見学に同行してくださったブータン政府のエンジニアは、自分たちのサラリーを生み出してくれているのがこのダムなんだ、とおっしゃっていた。ブータンの財政を支えているのは水力発電事業であり、そのためのダムは極めて重要な施設ってわけだ。どうりでセキュリティレベルが高いわけだ。そして、上の写真でも確認できるように、たいへん立派なレリーフによって飾られていることもうなずけるね。

チュカ・ダムでは発電量の95%をインドに送っているという。実際に現場を案内してくださったダムの技術責任者は、インドの方だった。おそらく運営そのものもインド側が手がけているのだろう。なお、現在ブータンでは4つのダムが稼働しており、さらに6つの巨大発電プロジェクトが平行して実施されているとのこと。資本はやはりインドが中心らしい。

そうそう。下流側上端部が大胆に削られて鉄筋がもろ出しになっていた。なんの工事をしているのかを尋ねてみたところ、少々聞き取れないところがあったが、ラジアルゲートの駆動システムをワイヤーによる巻き上げから油圧シリンダーに変更する工事をしているようだった。建設から30年経ってローンの返済は終了したけど、メンテナンスと機能向上のために出費が求められているんだね。

ちなみに本当にすごかったのは、このダムに降りるつづら折れの沿道の、ちょっとここには書けない光景だった。ブータンの現実がおぼろげながら体感できたな。

 

本当のチェーンブリッジ

f:id:hachim:20170919115140j:plain

チェーンブリッジと言えば、ハンガリーのブダペストを貫流するドナウ川に架かる吊橋「セーチェーニ鎖橋」。いつか見に行きたい。それはさておき、ブータンでは鉄の鎖そのものに金網を載せて、それらを針金で結束するという、まるでアスレチック遊具のような原初的な橋を見た。たいへん感動したわけだが、一部の鎖が切れているといった危険な状態のようで、残念ながら渡ることはできなかった。かつてはなんらかの床版があったのだろうけど、この地を再訪した同行者から少なくとも一年前はこのワイルドな見た目で運用していたという驚きの証言を得て、心からうらやましく思った。

この橋はタチョ・ラカン(Tachog Lhakhang)という寺院にアクセスする橋。1400年代にこの橋のオリジナルを架けた人物はタントン・ギャルポ(Thangtong Gyalpo, 1361-1485 ← 諸説あり)と言われ、チベット仏教の偉大な高僧。哲学、医者、鍛冶、芸能、建築、土木など、弘法大師やダ・ヴィンチを凌ぐようなマルチなプロデュース能力を発揮した聖人という。個人的には鉄の精錬技術を導入したことあたりに強く興味をそそられる。

本当のオリジナルかどうかはわからないけど、以前の橋は1969年の洪水で大破したようだ。その後、先代ワンチュク国王の命により、保管されていた部品を使って2005年に復元されたとのこと。その際に橋台の位置を高くしたような記述もあった。いずれにしても、ブータンの大胆すぎるチェーン吊橋、渡りたかったなあ。そのうちにまた復元されるのかもしれないが。その他にもタントン・ギャルポが架けたと言われる橋が複数現存しているらしいので、チャンスがあれば巡ってみたい。その前に、しっかりとした知識を仕入れておかなければね。

ちなみに、橋に取り付けられて風に吹かれる五色の旗は、ルンタと呼ばれるお経が書かれた布。青・白・赤・緑・黄は天・風・火・水・地に対応しているらしい。ブータンではあらゆる事物がチベット仏教に深く根ざしているのだな。

参考:eTurboNews : Bhutan’s amazing iron chain bridges
   A.B.Travel : Tachog lhakhang
   Rangjung Yeshe Wiki - Dharma Dictionnary : Thangtong Gyalpo

山の国の幸せな暮らし

f:id:hachim:20170916184533j:plain

幸せの国・ブータン王国に行ってきた。中山間地域における集落の実測調査団に参加するという、僕にとってはとても珍しいパターンで。個人で観光旅行するにはそれなりにハードルが高く、なかなか思いつきで行ける国ではないので、このような機会はたいへんありがたかった。そして想像していた以上に、ブータンで目にする風景や文化や暮らしは自分にとってたいへん新鮮かつエキサイティングであり、極めて貴重な体験となった。

ヒマラヤ山脈南麓に位置しており、その面積は九州地方と同じくらい(およそ3万8千km²)、人口は福井県と同じくらい(およそ80万人)のようだが、資料によって異なるのでちょっとよくわからない。チベット仏教が大部分の人々の暮らしの基盤にあり、その伝統文化の継承が国策にも取り入れられている。産業の中心は農業であり、外貨の多くは水力発電によって獲得しているという。

GNP(国民総生産)はたいへん低い水準であり、比較的貧しい国と言える。経済に偏重した価値観にとらわれないGNH(国民総幸福量)という指標を標榜したことから、ブータンは「幸福の国」というイメージが定着した。近年ではこの政策にも変化が見られるようだけど。

実際に滞在中、道路、電力、ネットなどのインフラ施設の脆弱さに起因するトラブルめいたものが次々と降りかかってきて戸惑うことが多かったが、数日たつ内に慣れてきた。そして、近代科学技術にどっぷり浸っている僕の常識は、それほど常識的ではないことを思い知らされた。そして、ブータンの急速な近代化を残念がるというノスタルジー的視点のおこがましさを突きつけられた。

僕がブータンで得た驚きや感激は、現時点では全く言語化できていない。時間はかかると思うけど、じっくり咀嚼していきたい。せっかくの体験で得た感情が、日本での日常生活の中に溶けてなくならないうちに。