はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

モダニズムの生い立ち

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先週まで国立西洋美術館で行われていた「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」は、大型連休の終盤にようやく行くことができた。その内容はモダニズム建築を代表するル・コルビュジエ(シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ)が描いた絵画を軸としながら、その時代や思想の変遷を、コルビュジエとその弟子たちが手がけた建築空間の中で味わうというもの。この空間体験そのものに、たいへん大きな価値を感じることができた。

自分にとっては、ファインアートと建築との関係を直視することが新鮮だったし、キュビズムの時代性を再認識することができたし、過去に訪れたことがあるコルビュジエ建築を追体験できたことも楽しかった。たいへんな混雑っぷりだったけど、どうにか行くことができてよかったな。

前川國男の設計による新館は、企画展に比べてずいぶん落ち着いていた。一息つきながら椅子に座って見上げた眺めが上のドット柄天井。柔らかい陰影ときっちりした図形が規則的に並ぶ天井をあらためて見ていると、展示物の鑑賞を邪魔されることなく、パースペクティブやシークエンスといった空間の豊かさが染み入ってくる理由がわかった気がした。いや、人混みで疲れていたところでホッとしただけかもしれないが。

 

偉大な業績からの

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先週、中国生まれのアメリカ人建築家であるイオ・ミン・ペイが亡くなった。なんと102歳だったそうな。彼が手がけた建築は、ルーブル美術館のメイン・エントランスになっているガラスのピラミッドが最も有名かもしれない。というか、活動の中心だったアメリカ大陸での建築作品を、僕が知らないだけなんだろうな。せめて自分が体験した空間を、過去の写真データベースを眺めながら思い出してみよう。

滋賀県のMIHO MUSEUMには2度訪問したことがある。最初はたぶん1999年頃で、2回目は2004年だった。次に、たまたまなんだけど、2008年と2010年には台湾にある東海大学路思義教堂というチャペルに2度行っている。そして、ルーブルのピラミッドや逆さピラミッドにも、2010年と2011年にも2度行っている。同じ対象を複数回体験したことで、それなりに親近感や印象深さはあるのだが、細かい記憶は若干薄れ気味だ。

当然かもしれないが、自分の写真は徐々に見られるものになってきている。逆に言うと、15年前の2004年の写真は、たいへんショボい。画質も悪いし発色も悪いし構図も悪いし、どうにもならない写真ばかりで、たいへんがっかりしている。今のiPhoneよりずっと性能が低いコンパクトデジタルカメラという機材の問題は大きいけど、まあ腕の問題が一番大きいな。どうりでブログに残していないわけだ。

思い起こしてみると、2005年から本ブログの前身となる記録をmixiという懐かしのサービスではじめた。そのあたりから写真を見せる見られることを意識しはじめたのだろう、少しずつ良くなっている。さらに、2010年後半の欧州滞在前後から、写真への態度が明確に変わったように感じる。つまり、対象の記録を良い状態で残そうとしているように思えるのだ。まあそのような気持ちが後の書籍化につながったのかもなあ。

2004年に撮ったMIHO MUSEUM連絡橋の写真を、ムキになってAdobe Lightroomで調整しまくってみた。あたりまえだが、限界が極めて近い。やはり撮影時からしっかりした状態の写真を記録する意志を、強く持っておくようにしたいね。ちなみに、最初のMIHO MUSEUM訪問はデジタルカメラではなかったので、現時点で手元に記録がない。この調子だと、見返してもあまり意味がないかなあ。

ペイの仕事をきっかけに、うっかり自分のことばかり振り返ってしまった。でも、他者に対する追悼とは、残された自己の振り返り行為を包含するものなんだと思うな。また見に行きたいなあという気持ちが強くなったわけだし。

 

以下の記事は、自分と写真の関係について。

室外機の新陳代謝

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インドのデリーでは、様々な室外機のありようを目撃することができた。たいへんな傑作がいくつもあったが、その中でも秀逸だったのがこの室外機群。ここまで立体的な構成は、なかなかお目にかかれない。自己複製を繰り返すような生命感に満ちている。きっとメタボリズムへのオマージュなんだろうね。