本年元日に発生した能登半島地震で被災されているみなさま、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。特異な地理地形に起因する困難な状況の中で、救出や支援に従事されているみなさま、ご安全に活動できるようお祈り申し上げます。収束どころか被害の全貌も未だにつかめず、関連するであろう地震も広域で頻発しておりますが、一日も早く平穏な日常を取り戻すことができるよう、心から願っております。
大きな災害が今年のスタートになるなんて、僕は全く想定していなかった。のほほんと正月の落ち着いた時間を過ごすつもりでいた。ところが、緊急地震速報からのニュースによって動揺しすぎたのか、悪寒が止まらなくなった。少しずつ情報が入る中で心配は尽きないが、翌2日は実家に帰って飲んだくれる予定だったため、葛根湯を飲んで早々に寝た。
朝起きて検温すると、あっさり高熱が出ていた。加えて、咳もひどい。実家に訪問の取りやめを連絡してから、翌3日から予定していた2泊3日の旅行をどうするか考えてみたが、あきらめざるを得ないよね。それなりのキャンセル料は生じてしまうけど。地震の被災情報の収集をしつつ、朦朧とした状況の中、各種手続きを終えることができた。
夜になって、羽田空港での大事故のニュースが。これには参った。日航機の乗客乗員は全員脱出との報が入って少し落ち着いた気がするが、ひどい動揺っぷりだった気がする。体調が悪いときに冷静さが必要となる大きな事象は危険である。ということで、SNSなどには触れないように布団へ。
翌朝になっても体調は良くならない。もしやと思いコロナの簡易検査を試してみると、くっきりと陽性判定のラインが。これまで何度やっても陰性だったのに。まあでもこれで寝正月が確定したので、いろいろあきらめることができた。そして、大地震からも大事故からも、いったん離れることにした。
その後は徐々に回復していき、大人しく厚生労働省により示された療養期間を経た。昨日7日、昨年末に勢いで購入した新しいカメラを携えて、久しぶりにがっつり外界を散歩した。ようやく新年が始まった気分だ。カメラの操作はまだまだおぼつかないが、初心に返って写真に向き合えるようになった気がする。真面目に修業してみようかなあという気分になった。
すでに年始の記憶が断片化している。いつも以上にダラダラと書いてしまったが、本ブログをご覧下さっているみなさま、本年もよろしくお願いします。
上の写真は、能登半島の付け根にある富山県氷見市の風景。10年近く前、数日間かけて市街地を歩き回ったことがある。隙間なく連なる住戸が生み出す街並みが、とても印象的だった。氷見市でも今回の地震で家屋の倒壊や断水などの被害が出ているらしく、久しぶりに写真を見返して思いを馳せてみた。