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はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

個人的名橋

風土 橋梁


僕は子供のころ、3年間ほど北海道の旭川に住んでいたことがある。近所には『旭橋』という鋼アーチ橋があり、日常的に目にして、触れていた。当時、この橋に関する知識は「戦車や路面電車が通っていた」ということくらいしかなかったが、ただならぬ存在感は伝わっており、敬意の念のようなものを抱いていた。そして、大人になってから、この橋の価値を知った。
旭橋は数々の創意工夫や最先端技術を駆使して、昭和7年(1932年)に竣工した。当時はまだ一般化していなかった溶接や、伸縮を吸収するロッキングコラムなど、当時の最先端技術を上げればきりがない。驚くことは、それを数名の若手技術者を中心に、半年間で設計を完了したのだそうな。彼らは、コンピューターのない時代に、複雑で高度で膨大な計算をソロバンでやり、膨大な数の図面を鉛筆で描いたわけだ。明治生まれの方々の根性は、とんでもないレベルなのである。ここら辺のことは、『旭橋60周年記念誌』によくまとめられている。
だいぶ前のことだが、彼らが描いた図面のコピーをいくつか入手することができた。それらは、彼らの気概がにじみ出ている美しい図面である。美しさってのは、それを狙ってやるよりも、本来の目標に向かって徹底的に取り組んだものに、結果的に宿るのではないかと感じる。その過程における純度が高ければ高いほど。
というわけで、旭橋は今でも最も好きな橋なわけだ。