はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

オリンピックの話

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僕もオリンピックを見に来た。でもリオデジャネイロではなく、1972年開催のミュンヘンオリンピックの会場に。軽量構造のスペシャリストであるフライ・オットーの代表作である膜構造の屋根を見るために。

昨年の春頃、ネット上でオットーの訃報を目にした。プリツカー賞受賞の発表直前というタイミングで、89歳でお亡くなりになったそうだ。その時に、以前ミュンヘンを訪問した際にこの地を訪問しなかったことを、たいへん後悔した。見るべきものは、チャンスがあるときには多少無理してでも見ておかなければならないと、あらためて思った。特に、このブログ記事(スパン35メートルからのデザイン・ブログ|フライ・オットーのプリツカー賞受賞の報と訃報に接して)を読んで。ヨルク・シュライヒとの確執とか、想像すると胸が熱くなる。

見た目にも信じがたいアクロバティックで繊細な構造を、ものすごい巨大スケールで実現している。しかも、維持管理が難しそうなケーブルを多用した構造なのに、もう40年以上を経てもしっかり現役で使用されている。今回の旅はこの偉大な構造物の体験からスタートしたわけだが、いきなりテンションが上がりっぱなしになった。こりゃいい旅になるな、きっと。

技術の重ね方

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スイスのViamala渓谷に架かる吊床版橋のPunt da Suransuns。それぞれの部材が、恐ろしいまでに薄く、細く、単純。構造家のユルグ・コンツェットが手がけた橋梁は、ギョッとするほど極端に研ぎ澄まされたミニマル・デザインであり、その意味を理解して受け止めるまでにいつも時間がかかってしまう。

この歩道橋は、ケーブルのように張り渡された2枚の鉄のプレートの上に、石の床版がみっちり並べられており、そこに手すりの支柱が直接埋め込まれているという、極めてシンプルな構成になっている。しかし、この尋常ではない軽量感は、高度なエンジニアリングによって実現されていることは間違いなさそうだ。

僕のつたない構造的解釈はこうだ。鉄のプレートはコンクリートの橋台を介して地山にがっちりアンカーされている。このため、上からの荷重で引っ張られても動じない。その上に載せられた石材は、強い力であらかじめ圧縮されている。いわゆるプレストレスが導入されている状態。このため、上から荷重が載ってもやはり動じない状態に保たれる。これをギリギリの部材数、形態、サイズ、スケールで魔法のように実現している。

技術を丁寧に積み重ねて新境地に到達するコンツェットの解の求め方は、ロベール・マイヤールやクリスチャン・メンなどから引き継いだスイス構造設計の伝統に根ざしているものなのかなあ。周辺景観との関係や地域の文脈って、どの程度意識しているもんなのかなあ。たいへん気になるね。ちなみに上の写真の上空に見えるアーチ橋は、クリスチャン・メンの手によるGreat Viamala Bridgeという高速道路の橋。これもなかなか見応えがある。

とりあえず、以下にこれまで見てきたコンツェットの歩道橋を並べてみる。材料も構造形式もバラバラで、地域文化を含めた架橋環境を深く考えていることも伺えるのに、統一感があるよねえ。

 


アウトドア派の階段橋

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5年前にスイスを訪問した際は、主にダムや橋を巡ったために、人里離れた山奥に行くことが多かった。そこでびっくりしたことは、トレッキングやサイクリングなどのアウトドアライフを楽しんでいる方々が、どこに行っても老若男女を問わずたくさんいたこと。

当方は基本的にインドア派なので、なんでこの人たちはこんなところをわざわざ歩いているのだろうか、なんて思っちゃう。まあこちらも個人的に興味を持った構造物を見に行くために、他の人に引かれるほどの労力をかけてしまうので、人のことは言えないよな。これってポケモンGOにおけるレアポケモンを、わざわざ遠くまでゲットしに行く方々と同じ感覚だろうね。

ここのところ気になっているのは、構造や材料の面で特徴的な展望台や歩道橋が、ひとつの見どころとして捉えられているんじゃないかってこと。アルプスに限らず、北欧とか中国とかも含めて、世界的な潮流になってきた気がする。自然の風景の中で人工の構造物が単独で観光対象になることはないだろうけど、そのトレッキングコースの魅力を高めるアイテムとして機能させようとしているのであれば、そうした動きはしっかり押さえておきたい。

5年前はそこまで考えることなく、スイスの山奥に乗り込んでいった。たとえば、上の写真のユルグ・コンツェットが設計したTraversiner Stegという吊階段橋。そんなカテゴリーがあるかどうかは知らないが。駐車場から1時間近く歩いて、ようやくたどり着いた。まあ、Punt da Suransunsとセットで見に行ったので、やけに遠く感じただけかもしれないけどね。これはがんばって行って、本当によかった。よくこんな深い谷にこんなミニマルでハイテクな歩道橋を架けたなあと感激したよ。

そんなわけで、来週から東アルプス方面にレア歩道橋をゲットしに行ってくる。今回は覚悟を決めて、3時間半コースのガチなトレッキングを予定している。やはりコンツェットのミニマルな橋梁群を体験するために。そろそろ準備しなきゃね。