はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

復元された意思

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札幌のモエレ沼公園は、彫刻家のイサム・ノグチがマスタープランを行なったことはよく知られている。イサムは1988年3月に初めて札幌に招かれ、まだゴミの埋め立てが行われていた現場を見るなり気に入り、早速仕事に取りかかったらしい。ところが、なんと同年12月に急逝してしまったのだ。常識的に考えると、その時点で計画は頓挫ってことになりそうだけど、奇跡的にイサムの意思は受け継がれて、17年後の2005年にグランドオープンするに至った。

この広大な公園を体験すると、まさに「大地の彫刻」と呼びたくなる、まごうことなきイサム・ノグチ作品ってことが実感できる。本人が不在だったにも関わらず、原作がものすごくリアルに実現されているって、本当にすごいことだよね。残された関係者は、イサムが残した言葉や図面はもちろん、世界中に散らばっている作品などを手がかりにしながら、設計と施工をじっくり進めたとのこと。まるでクラシック音楽のオーケストラ、あるいは、古代文明の謎を探る考古学者のように、イサムの意思を「復元」したのだ。

その取り組みは、現在も粛々と続けられている。地震や台風や不同沈下など、不意のトラブルを乗り越えていくときにも、常にイサムの意思に思いを馳せながら検討を重ねているようなのだ。そうしたことを考えると、ランドスケープアーキテクトとして設計を担当している斉藤浩二氏の「本人がいないから、ここまで辿り着けたのでは」という言葉が、たいへん真実味を帯びてくる。もし本人が存命だったら、設計や施工の途中であれこれ口出しして、とっくの昔にチームが空中分解していた気がするし、ましてや維持管理まで徹底される状況が形成されることはなかっただろう。

上の写真中央にある「草のプール」と名付けられた長方形の敷地には、現在はイネ科の植物が植えられている。マスタープランには水を張ったプールが示されていたのだが、北国の札幌では非現実的であることは間違いなく、イサムもあっさり変更したに違いない。そこで設計チームは水面が風で波打つ様子を再現しようと、草地に変更したもののなかなかイメージ通りにはならなかった。その後も試行錯誤と予算化を諦めずに行い、ようやく2014年に現在のものになったとのこと。そんな話を伺ってから、可視化された風の様子を目の当たりにすると、感激がじわじわ押し寄せてくる。

建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

 

 

高度な安いデザイン

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先月出張で札幌へ行くために、はじめて成田空港第3ターミナルを使った。かねてから見に行かねばなあと思っていたのだが、なんとなくズルズルしちゃってた。そもそも空港を使う時って、どうしても気持ちが焦ってしまうし、体力も温存しておきたくなるもんね。
この時は、せっかくの機会なのでしっかり見物しておこうと、時間に余裕があるバスで行った。降り立ったバスターミナルから、すでに最強のローコスト。つくり込んでやるもんかという意思が徹底されており、その媚びない姿勢に爽快感を覚えた。そこから続く昇降路や通路などでは、フェンスや手すりなどの人に近い部分の処理もとても上手にコストカットされていた。ここらへんは、下部工付検査路なんかに取り入れたい要素が満載で、土木方面の人たちにもすごく参考になると思ったな。もちろん、とても楽しみにしていた陸上トラックを模した動線誘導は、噂にたがわず素晴らしいものだった。ここを歩いているだけで、うっかり足早になってしまうし。これぞ高度な効率を求めるLCCの真骨頂だね。
思い起こせば、LCC専用ターミナルという衝撃を僕がはじめて受けたのは、2011年にライアン・エアで降り立ったマルセイユ・プロヴァンス空港だった。地中海リゾート感が全くないチープな空間に驚愕し、ヨーロッパのクラス分け意識を痛切に感じるとともに、まるで倉庫のようなLCC専用ターミナルでは自分のことを貨物と思った方が楽しいんだなと思ったりもした。
そんなこともあり、成田空港第3ターミナルはLCCの特性をしっかり読み解いて、そこに最適な質のデザインが施されていることがよくわかった。サイン類などの視覚要素を含めて、手抜きと思える部分はほとんどなかった。とは言え、移動時のストレスを極力減らしたいと思うようになってしまった僕としては、仕事のときにはもう使いたくないとも感じたな。時間をコントロールできてコストが重要になるプライベートの時には、気が変わるかもしれないけど。このようにユーザーが自発的にセグメンテーションしているってことは、空間デザインが本当によくできているって証拠だね。

仙台スリバチ

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先週の日曜日、とある学生コンペの審査をするために仙台の東北大学に行ってきた。せっかくの機会なので、個人的に延泊して翌日に市内散策したいと思っていたのだが、その行程は全く考えていなかった。このため、懇親会の席で仲良くなった東北大の学生に「仙台らしさが感じられて、あなたにとって魅力があって、有名ではないところ」という乱暴な問いを投げかけたところ、いくつか紹介してもらった。これらのポイントを巡ったわけだが、ことごとく僕のツボに入る風景であり、満足感とともに仙台を後にした。彼のセンスを信じて、本当によかったな。

上の写真の場所では、すでに暗渠化されている広瀬川の支流が削ったスリバチ地形に、戸建て住宅が並んでいる。このような斜面はやはり「急傾斜地崩壊危険区域」に指定されているのだが、なんとも魅力的な高低差。特に素晴らしいのは、この上の段丘が超高層ビルを含めた比較的フラットな台地であること。この谷地形と大都市のコントラストが仙台らしさだとは知らなかった。

それと、写真には収められなかったのだが、すぐ上流側には大きな集合住宅がスリバチを埋めているという、独特の雰囲気の場所があった。道路の盛土によって全方位が囲まれた、見事な「一級スリバチ」だね。