はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

オーガニック人工磯

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下北半島の木野部(きのっぷ)海岸。海に囲まれた島国である日本の海岸線によくある風光明媚な磯と砂浜の風景だなあと思って、うっかりスルーしてしまいそうになる。ところが、写真の中央部にある磯は、かつてこの地域で伝統的に行われていた「築磯」を近自然海岸工法として現代に蘇らせた、小さな人工リーフのような消波工なのだ。うむ、なんとも説明するのが難しいな。

そもそも海岸整備の大きな目的は、高潮、津波、浸食などへの対策としての「防護」だ。そこに自然環境の保護と回復を目指す「環境」と、レクリエーションを念頭に置いた「利用」が追加されたのは、1999年の海岸法の一部改正から。とは言え、技術が急に入れ替わるはずもないので、一般的にはまだまだ陸側に高い防波堤や防潮堤を整備したり、沖合に消波ブロックで構成する離岸堤を整備したりすることが多い気がする。

この場所もかつては直立式護岸や緩傾斜式護岸などでガチガチに防護されていたが、それ以前は背後の山から人力で切り出して運んだ石を置くことによって、自然の営みの中で水産と消波の両面の機能を向上させていたらしい。その環境や機能を再現すべく、海中に緩やかな傾斜を持つ基盤をつくり、その上に北海道から運んできた大きな石を置くように改変したというのだ。

なんでそんなことが実現したのかという話がアツい。大きな原動力になったのは、1990年代中盤から地域住民と行政と専門家が地域環境整備のありようを話し合う「懇話会」が何度も開かれたこと。その中で示された過去の写真から多くの住民の記憶が刺激され、かつての磯の風景を復元しようという気運が生まれてきたようなのだ。そこからいろんな紆余曲折を経つつも、2003年に結果的に極めて先進的な海岸整備に至ったことは、本当に素晴らしいと思うな。

その後も全国でこのような海岸整備手法を取り入れる動きがいくつかあったようだが、条件が一致する地域が少ないこともあり、なかなか普及には至っていないようだ。もしかすると木野部海岸は時代を先取りしすぎていたのかもしれないが、このタイミングでないと住民の記憶にある「かつての風景の復元」というシンプルなコンセプトが成立しなかっただろうね。今だからこそ参考になる部分は多いのではないだろうか。

山の中の塩

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お正月にスペインの山中で購入した、とても美味しい「塩」がそろそろ切れそうで困っている。地中の岩塩が溶け込んだ泉からつくられたミネラルたっぷりの塩を、思っていた以上に消費しているのだ。日本での購入も可能なようだけど、ずいぶん高くつくので二の足を踏んでいるんだよね。

この塩はバスク州アラバ県にあるアニャーナ塩谷で採集されている。狭い谷地に石垣や木製足場をたくさん構築して、棚田のような水平面を無理やり創出し、その上にを木製の水路を通している。この製塩の谷はすでに新石器時代に開かれ、中世には産業として成立していたという。一時は廃れたものを復元したようだが、このように土地に根ざした人為の眺めを文化的景観というのだな。

ブランディングも上手にやっているらしく、ビルバオなどの有名レストランが権利を持っている塩田もあるようだ。ガイドツアーに参加できず内部には行けなかったことは残念だったが、道路からこの圧倒的な風景を眺めるだけでも十分感動できたよ。

青森のオランダ

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八戸港の一部をなす新井田川の河口を豪快に跨ぐ八戸大橋は、おそらくこの都市の成り立ちを体感できる適地だろう。橋上をレンタカーで通過した際にそう感じたのだが、わざわざ車を降りて立ち寄るかどうかずいぶん悩んだ。なにしろ滞在時間も限られている状況で、地上からはそれなりの距離と高低差があるし、石油基地上に延々と続く落下物防止策によって視界も遮られるので。

それでも意を決してアプローチ部の桁下に行ってみると、迷っている場合ではなかったことを突きつけられた。まさかここはロッテルダムか?と疑いたくなるほど、ダッチ感に溢れているではないか。黄色と青のコンビネーションによる前衛的な配色、鋼橋と石油パイプラインという意外な要素の組み合わせ、極めて簡素なディテールが生み出す潔さ。ほとんど共感されることはないだろうが、個人的に魅力的だと思っているオランダの気配を感じてしまった。

八戸とオランダはなにか関係があるのかなあと思って調べようとしたとたんに、八戸港の計画に明治期にオランダから招聘したお雇い外国人のローウェンホルスト・ムルデルが関与していることが判明した。なんとそんなつながりがあっていたのか!とひとしきり感激したのだが、考えてみると近代日本の港湾整備や河川整備は全国レベルでオランダ人技士たちの影響が絶大なので、八戸に特有とは言えないよねえ。

ともかく、検索の途中で「八戸は青森のハワイ」という謎ワードを得つつも、個人的には「八戸は青森のオランダ」として勝手に認定したい。ちなみに地形的な面からすると、秋田の八郎潟はオランダそのものだったよ。