はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

後から履いた網タイツ

f:id:hachim:20190907150510j:plain

伊豆の国市にある韮沢反射炉に行ってきた。沼津港にほど近い山中に、江戸幕府によって1857(安政4)年につくられた、鋳物鉄を溶かして大砲などを生産するための極秘軍事施設だ。7月の終わりにたまたま萩反射炉を見てきたので、1ヶ月程度の間に国内に現存する反射炉をコンプリートしたことになる。2つしかないけど。ちなみに、どちらも世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成要素に指定されている。試行錯誤しながら急速な近代化を進めた象徴としての価値が認められているってわけだね。

韮沢反射炉の外観は強烈なインパクトがある。江戸時代の軍事施設なのに、イッセイミヤケのバッグブランド「バオバオ」か、セクシー網タイツかというほど印象的。しかしこれって実は、耐火煉瓦でつくられた本体の保存のために大規模な耐震補強が行われた結果の姿なのだ。トラスの補強材が組まれたのは1957(昭和32)年、現在のフッ素樹脂塗装が施された鉄骨は1988(昭和63)年に差し替えられたもののようだ。オリジナルに近い姿や1908(明治41)年の補強時の姿は、韮山反射炉ガイダンスセンターの展示物などで確認することができるので、対比して観察してみるとなお楽しいよ。

僕らが抱く韮山反射炉のイメージは、すっかりトラスの耐震補強込みになっていると思う。実際にその姿を眺めていると、保存修復という概念は一体なんなんだろうと、ムズムズしながら考える場面に直面する。建築物などの作家の手による「作品」とは異なり、使われてナンボの土木構造物や産業施設については、オリジナルの姿でなければならないってことでもなさそうだね。もう少しやりようがありそうな気もするが、なにを乗り越えてなにを伝えていくのか、そのコンセプトを共有することこそが重要なんだろう。伊豆の国市韮山反射炉PRキャラクター「てつざえもん」なんて、完全に時代を超越しているし。

整っていない大階段

f:id:hachim:20190901165250j:plain

福島県相馬市の伝承鎮魂祈念館に向かう最中、防潮堤に張り付いている大きな階段が目に止まった。その存在感と同時に強い違和感を抱きつつ、ザワザワしながら通り過ぎた。

この階段のすぐ先にある祈念館と慰霊碑を訪問し、震災前と震災直後の風景写真や映像を見ることで、この地域で起きたことをイメージするように努めた。その後に階段に引き返し、目の前に広がる原釜尾浜海水浴場と、被災後にかさ上げされて防災緑地の整備が進められているエリアを眺めて、先ほど写真で見たかつての集落を頭の中で再構成した。

そして、大階段の昇降を体験した。どうやらこの階段は、昨年の夏に再開した海水浴場からすみやかに高台の避難場所へ移動するための施設のようだ。おそらく防潮堤と道路が平行ではないのだろう。階段工の平面形状はカーブしながら変化しており、4つのブロックで蹴上げ高や踊り場の位置などが異なるという奇妙な現象が起こっている。高欄や手すりなどの作工物からも、そのズレっぷりが確認できる。

この場所のシンボルとなり得る規模の大階段なのに、日常の風景はさておき緊急時の利用のみを考えた構造物。なるほど、緊急の整備というのは落ち着いて考えれば誰もが配慮する思考すら奪ってしまうのだなあと、あらためて感じた。 

ちなみに海辺にある伝承鎮魂祈念館には持ち主不明の写真がたくさん残されており、その一部が展示されていた。それをいくつか拝見しただけでも、すっかり揺さぶられた。

濃縮された近代産業史

f:id:hachim:20190825160538j:plain

念願かなってJXTGグループの展示施設である「日鉱記念館」を訪問することができた。結論から言うと、なんでもっと早く来なかったのかと猛省するほどの、素晴らしい場所だった。どんな要素が素晴らしいのかを断言するのは難しい。なぜならば、多方面に及ぶ質が高い展示物が、時代を超越する質が高い空間の中に、狂気を感じるほどみっちりと詰め込まれているためだ。それなのに、無料だし。

まずは本館がえらくかっこいい。松田平田坂本設計事務所による設計で、1985年に完成した。僕も当初はこれ目当てだった。受付では職員の方に日本の近代化の一翼を担った先人たちのお話をたっぷり伺う幸運に恵まれた。そのおかげで、ここ百年間ほどの産業界の関係を垣間見ることができ、その後の興味深い展示物の内容の背景に思いを馳せることができた。

しかし、ここまでではしゃぎすぎないようにしたい。屋外には実際に使われていた2つの竪坑櫓がそびえ立ち、GE社製モーターの巻上機や日立製作所製のかわいい電気機関車などが展示されている。これらもついつい興奮してしまう要素だが、最大の見せ場は駐車場に一番近い「鉱山資料館」かもしれない。

そもそもこの古い建物自体がすごい。物資が極端に不足していた1944(昭和19)年につくられた、木構造によって大空間を実現させたコンプレッサー室をそのまま保存というか使用しているのだ。これ自体の価値もさることながら、その中にある各種機械類の展示や鉱物の展示がまたすごい。その中で最もヤバいのは、まるで銃器がずらりと並んでいるような「削岩機コレクション」であろう。これらはもっと時間をかけてひとつずつ見たいと心から思うレベルだ。

この記念館、民間企業の施設だからこそ成立しているのかもしれないが、だからこそしっかり応援していきたい。記念館に至る道中にある「大煙突」も重要な産業遺産で地域のシンボルになっている。これについては、新田次郎原作で今年の6月から公開されている映画「ある町の高い煙突」を参照したい。公式サイトによると、全国各地の映画館で短期間公開されているようなので、細かくチェックしておこう。

www.takaientotsu.jp