はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

駅前の居場所

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多治見駅北口にある「虎渓用水広場」は、一般的な駅前広場のイメージとはかけ離れた、常に水音が響く豊かな空間がある。わかる人にしか伝わらないだろうが、「あつまれ どうぶつの森」の良く出来た島のような、のんびりとしたイメージ。春にここを訪問した際、あまりにも居心地がいいので、うっかり長時間に及ぶリモート会議に参加してしまった。

多治見市街地は夏の暑さで有名な盆地にあり、その中でもここは最も低い場所に位置している。さらに掘り下げて、水が流れる高低差を生み出している。ここに流れる水は、多治見盆地を貫流する土岐川の上流から取水した、かつての豊かな農業用水を環境用水として位置付け直して使用している。しかも自然に環流するように、ポンプなどの動力に頼ることなく水を導き流しているとのこと。

かつて地域の歴史を支えた虎渓用水の価値を再発見し、これからの地域の核を再構築しようとして整備された質の高い空間。ここで友達と長時間過ごしている中高校生や、仲睦まじく語らうカップルたちが、新たな土地の記憶を引き継いでいくといいなあと心から思う素敵な場所だった。

残す再開発

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ロンドンのセント・パンクラス駅とキングスクロス駅に近接し、1820年に開通したリージェンツ運河の北岸にある「コール・ドロップス・ヤード」というショッピング・モール。その名の通り、鉄道と運河を結びつけて石炭を積み降ろすことで産業革命を支え続けた場所のようだ。その後しばらくは、ずいぶん治安の悪いエリアだったらしい。

現在は大胆な再開発によって、おしゃれなショップやレストランがたくさん入っている。その今どきっぽい雰囲気には少々腰が引けたが、産業革命時の香りが残る興味深い要素もそこかしこに見られる。元倉庫らしきレンガアーチが連なるファサードの建物の屋根をぐにゃりと連続的に迫り出させてショールームにしたり、ガスホルダーの囲いはオリジナルのまま残して中身を集合住宅にしたり。あざといほどに過去の履歴を残しながら、徹底的に現代にマッチするように仕上げられている。

一昨年の年末時点の話だけど、エリア全体の再開発はまだまだ途中段階のようで、あちこちにタワークレーンがそびえ立っていた。オリンピックとかブレグジットとか激変を経ているロンドンの街は、本当に激しく動き続けているのだなあと実感できた。

橋梁デザイナー

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今夜放送されたテレビ東京「新美の巨人たち」に、橋梁デザイナーという立場の方が取り上げられた。エムアンドエムデザイン事務所の大野美代子さんだ。僕にとっては極めて大きな存在の方で、以前何度かお会いする機会に恵まれたのだが、たいへん残念なことに5年ほど前にお亡くなりになられた。

お目にかかるたびに、僕は伏し目がちになったことを憶えている。大野さんは、デザイン出身の橋梁デザイナーという極めて数少ない出自を持ち、たいへんなご苦労を重ねて荒野に道をつけてきた。ところが、わりと近い出自の僕は途中で脇道に逸れてしまい、後に続いて歩むことができなかった。それが負い目となり、申し訳ない気持ちで満たされてしまっていたのだ。

テレビ放送の影響がどの程度なのかは測りかねるけど、土木デザインに対する社会的認知へのきっかけのひとつになるといいなあと思う。僕は大野さんの通った道とは違うルートで、かつての夢想の実現に近づきたいなんてことを、番組を観ながら思った。別のかたちでがんばっていますと、今なら大野さんに胸を張って報告できると思う。