はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

岩の教会

ヘルシンキの街中の地形は、想像していたよりも緩やかな起伏に富んでいた。そして、そこかしこで岩盤が露出している状況を見かけた。住宅地の中とか、公園の中とか、道路脇とかに忽然と現れる岩肌には、少々ギョッとした。調べたわけではないが、街全体がとても安定した岩盤の上にあるように思えた。

その印象をより強化したのは、「岩の教会」と呼ばれている「テンペリアウキオ教会」。小高い丘のように突き出した岩山の一部をくり抜き、現場で発生したのであろう石材を積み上げて形を整え、コンクリートのルーバーの隙間から太陽光が導かれ、銅板が貼られた巨大なドーム天井をかぶせた空間。岩肌の荒々しさとモダンなしつらえの各種要素が心地よく調和している。

この教会は1969年につくられたとのこと。それにしては、そんなに古い印象を抱かない。逆に、太古の印象は受けるけど。とても静謐で、居心地がよかった。実際に、結構な時間をここで過ごしたし。さらに、何度でも訪れたいという気持ちが強まった。

少し前までヘルシンキは、日本と欧州を行き来する際のハブとして有効な街だった。ロシア上空を飛べなくなったことで、その立ち位置は変化した。状況に変化があれば、トランジットの際に再訪するという機会があるかもしれないな。

街路からのまちづくり

先日、3年ぶりに松山に出張してきた。その際に、偶然通って気になった「ロープウェイ街」を再訪した。この街路は、2006年に再整備されたもの。電線類の地中化、バリアフリー化、スラローム線形の導入などとともに、2 車線を1車線に減らし、自転車道を設けて歩道を拡げる道路空間の再配分が行われたという。沿道の商店や飲食店には、緑色のオーニングテントが取り付けられ、おそろいの楕円形の看板とともに街並みの統一感を生み出している。

整備の結果、来訪者の増加や周辺の地価上昇など、大きな効果が得られたとのこと。局所的な成果もさることながら、この後のまちづくりに大きな影響を与えたことが素晴らしい。それは、2009年の道後温泉本館周辺地区、2017年の花園町通り、そして現在進行している松山市駅前広場といった「歩いて暮らせるまちづくり」を軸にした街路整備事業。社会実験、ワークショップ、デザインガイドラインなどによる合意形成のノウハウを蓄積し、街路からまちづくりを展開している。一朝一夕でできることではないだけに、重みがあるなあと感心した。

なんと、ドラマ化

拙著『日常の絶景』が、テレビ東京によりドラマ化された。本書を知る人は「なんで?」「どうやって?」と訝しんだことだろう。もちろん、僕も含めて。登場人物やストーリーなどは一切ないし、世間的にはマイナーで素っ気ない対象を扱っているし、妄想を含めたテキストはずいぶんマニアックだし。

どうやら、ふとしたきっかけでものの見方が変わるというコンセプトや、土木インフラに支えられている現代都市という設定が、若い番組プロデューサーの心の琴線に触れたらしい。TVドラマとして成立させるべく、おそらく、さまざまな関係者を巻き込んで、いくつものハードルを越えて、世界観やシナリオを練り上げたのだろう。そして、伊藤万理華さんと石山蓮華さんという素晴らしい俳優陣により、なんともゆったりほっこりするテイストの、美しい映像に彩られたドラマに仕上げられた。

このドラマは深夜帯に放送され、全三話で構成された。第一話は東京港のガントリークレーン、第二話は勝浦の砂防(法枠工)、第三話は奥秩父の滝沢ダムを訪れ、少しずつふたりの距離感が近くなる。文字情報だけだと意味がわからないよね。現時点でU-NEXTとAmazon Prime Videoで視聴することができるので、未見の方はぜひご覧いただきたい。

先日、石山蓮華さんがメインパーソナリティーを、東京03の飯塚悟志さんがパートナーを務めるラジオ番組「こねくと」に、伊藤万理華さんとともにお招きいただいた。そんなメンバーと生放送ということでとても緊張したのだが、それ以上に楽しい時間を過ごすことができた。その中で、なんてことのない日常をいかに充実したものとして意識化しよう、つまり、派手な出来事などに寄らず豊かな日常を手にしようというドラマであることを、あらためて感じることができた。

楽屋トークでは撮影中、石山さんと伊藤さんが本書の「はじめに」のテキストに共感して盛り上がったと知らされ、同じ志向を持つ方々が演じてくださったことに胸が熱くなった。書籍を通じて自分がつくり上げた概念が、他者(しかもプロフェッショナルなチーム)の手によって再解釈されて拡張されるという、刺激的で意義深い状況になったことは、とても素晴らしい体験となった。こんな機会はめったに訪れないだろうね。今後も多少は自慢していきたいと思う。

旧Twitterで「日常の絶景」をエゴサーチしてみると、全三話で終了したことを残念に思う声がとても多い。おそらく多くの方がドラマのテーマに共感し、ふたりの空気感に癒やされ、日常の絶景をもっと知りたくなったのだと思う。そのうち続編の話が出るといいね。