1900(明治33)年につくられた、日本初の重力式コンクリートダム「布引五本松堰堤」。埋設型枠として用いられた間知石が、素晴らしい味わいを生み出している、近代水道の礎を築いた重要施設のひとつだ。神戸を訪れた際には、見に行かねばならない場所である。
そんな基礎情報は、ずいぶん前から知っていた。なぜなら、大学生の頃に訪れたことがあるから。僕の記憶によると、新神戸駅のすぐ裏にあったはず。先日の出張に際して予約していた新幹線の時間まで1時間以上あったので、のんびり再訪して堤頂でさわやかな風に吹かれようかと思い、軽い気持ちで駅の裏に回った。
散策路の入口の案内板に描かれた地図を見てみると、ダムまでは思っていたよりも距離がありそう。途中にいくつか滝があるとのこと。あれ?こんなんだっけ?と感じつつも歩き始める。するとあっという間に散策路の勾配がきつくなる。やがて長い階段も現れる。あれ?こんなんだっけ?と動揺しつつも歩を進める。異様な暑さが続く今年の夏、もちろんこの日もまだまだ猛暑日である。すぐに大量の汗にまみれ、息も上がり、足がパンパンになり、視界も狭くなってくる。途中で清涼感のある川や滝を眺めることもできるのだが、早い段階からそんな余裕はなくなってくる。もうすぐ到着するはずだと思いつつ、すでに何十分経っただろうか。
ようやく見覚えのある堤体のテクスチャーをもうろうとした意識で見上げ、重たい足を一歩ずつ動かして最後のつづら折れの階段を登りきり、上の写真を撮るに至った。堤頂部にある広場の木陰で、何度も深呼吸をして息を整えた。ふと腕時計を見ると、新幹線の出発時刻まですでに30分を切っていた。慌てて踵を返し、怪我をしない程度に急いで山道を下り、出発時刻の3分前に改札を通過することができた。そして僕が乗る新幹線は、車両トラブルによって20分ほど出発が遅れていた。だくだくの汗を引かせる時間が得られたことは、たいへんラッキーだった。
今回もいろいろな学びがあったな。人は自分の都合に合わせて記憶を改ざんするので、自分の記憶をアテにしてはならない。若い頃の体力は今と全く違うので、若い頃の印象をベースにしてはならない。いくら無計画であっても、行程や所要時間を調べる手間を惜しむな。神戸の山をなめるな。今年の晩夏をなめるな。はじめからロープウェイを選択せよ。などなど。