
古い資料を探そうと、職場の棚の上に収納していたダンボール箱を開けてみた。目的の資料は見当たらなかったが、底の方に写真ファイルがあるのを見つけた。それは学部を卒業して大学院に進学する直前の春休みに、中学校以来の友人を訪ねて行ったニューヨーク旅行の写真だった。
懐かしさを堪えられず、変色した写真をしばらく見入っていたところ、記憶にある橋の写真が数枚しかないことに気がついた。たしかブルックリンブリッジとマンハッタンブリッジは、少々怖い思いをしながら、たくさん写真を撮ったはずだ。あ、そう言えば、サラリーマン時代に資料かなにかで使った気がする。貴重な記録を失なっていたのだなあとため息をついたところで、さらに奥にあった茶封筒が目に止まった。そこにはネガフィルムが入っていた。
ごそごそとチープなフィルムスキャナーを取り出してスキャンしてみると、すべての写真が残されていることがわかった。実にめでたい。まあ残念ながら、思い描いていた写真よりも、ずいぶん下手だったが。記憶って自動的に美化されるもんな。
そんなわけで、そこにあったすべてのネガをスキャンしてみたわけだが、上の写真を見て驚いた。中古カメラの巻き取り不良に起因したのであろう、多重露光の写真があったのだ。もしかすると、写真屋さんが失敗写真としてプリントしなかったのかもしれないが、いずれにせよこの風景体験は、僕の記憶から完全に消えている。写真や映像を後から見直すことで記憶が強化されたり変質したりするが、それらがないとなかったことになるのかね。少なくとも、僕の場合は。
なんとなく貴重な記録を失なっていた気分になっていたのは、このことが根底にあったからかもしれない。写真の中央をよく見ると、マンハッタンブリッジのゲートやエンパイアステートビルが確認できる。つまり、まち歩きの時点で結構な枚数を失っていたわけだ。当時の僕は、相当悔しかっただろう。そして、その忌々しい記憶を早い段階で抹消したのだろう。
もちろん、多重露光なんて全く意図していなかったはずだが、偶然生まれた写真を32年の時を経てじっくり眺めてみると、いかにもニューヨークという雰囲気が出ていて面白い。吊られた信号機、大きなセダン車が行き交う道路、賑やかな看板が掲げられた建物のファサード、特徴的な給水タンク。こうやって、エラーから新たな表現手法が生まれたりするのかな。