1年ちょっと前に、ソニーのα7Ciiというカメラを購入した。これは、フルサイズという大きなセンサーを持つ高画質で高機能なものでありながら、そこそこ小型軽量というもの。落ち着いて考えても、いまの僕にとってベストな機材であり、とても満足している。荷物を増やしたくない出張時など、さらに機動力が必要となる場面では、6年ほど前からメインで使っていた旧オリンパスのE-M5iiiという機材を引き続き使っている。センサーはやや小さいマイクロフォーサーズ規格であり、取り回しの良さと画質のバランスに優れている。手に馴染んでいることもあり、むしろこっちの方が好きかも知れない。それに加えて、ソニーのRX100Vというコンパクトカメラを常にカバンの中に入れて持ち歩いている。およそ10年前のモデルだが、いざというときにとても役に立っている。さらに言えば、iPhone13miniのカメラも活躍してくれている。
そんなわけで、僕には新たなカメラなど、まったく必要ない。心の底から、不要だと言える。
なのに、シグマのBFという極めてクセの強いカメラを、発売日に購入してしまった。なぜかって、心の底から、欲しくなったから。久しぶりに、純度の高い物欲に駆られたから。
まだ数時間しか触ることができていないが、思っていたよりも重く持ちにくい、予想通りにUIがこれまでの標準から離れている、想定外にバッテリーの持ちが悪いという印象を持った。しかし、そんなネガティブ要因をはるかに超える満足感に浸っている。久しぶりに「所有」という古びた価値観の奥にある欲求が、タプタプと満たされているのだ。
なにしろ、ビルドクオリティーが尋常ではない。まるで腕のよい職人が仕上げた伝統工芸品のよう。7時間かけてアルミのインゴットから削り出したという本体はもちろんだが、ボディキャップのつくりは腰を抜かすレベル。今の時代にこんなバカバカしい製品づくりをするような会社には、あらためて高額な対価を支払うことで敬意を示したい。
しかし、カメラに道具としての価値を求める写真家やハイアマチュアにはお勧めできない。彼らがこれまで培ってきたアナログカメラをベースとする操作体系と異なるものは、基本的に受け入れられないだろうからね。さらに、見た目は極めてミニマルなんだけど、真のミニマリストには向いていないだろうな。ここら辺を見誤るケースは多いかもね。
逆に入手した方がいい人は、高級腕時計やレアなバイクなどを愛せる偏った価値観の趣味を持つ人や、かつての技術立国ニッポンが生み出してきた工業製品に夢を抱いていた人や、コスパやタイパではなく無駄や無理に美意識を感じてしまう人や、機能や性能よりもエモさに価値を求める人や、自分の常識をしれっと更新することができる人や、頭のおかしな人あたりかな。
このカメラは、日本の製造業における頂点のひとつを極めた崇高な墓標となるのか、復活に向けた新たな可能性を切り開くマイルストーンとなるのか、あらぬ方向に突き進むヤバいカルトの始祖となるのか、いずれにせよ重要な製品だと思うな。僕の場合、道具としての出番は少ないかも知れないが、自分の中にある「所有」という欲望を、愛情とともに見つめ直させてくれる希有な物体であることは間違いなさそうだ。