はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

趣味としての写真

昨年末、思いつきでカメラを新調した。これまでずっとマイクロフォーサーズという規格のカメラを使ってきたのだが、センサーサイズが大きいフルサイズのカメラを買ってみたのだ。思いつきにしては大散財だったが、自分の中のなにかが切り替わった気がしている。

年末業務でバタバタしていた時、ここ何年も旅行以外に大きな散財をしていないことに気付いた。何かほしいものはないかと思案したのだが、その時点では何も思いつかなかった。仕事が一段落した日に自宅で飲んで酔っ払い、ふと気付くと、なんとなく興味があったカメラとレンズをポチッとしていた。しっかり調べることもせずに。ところが、夜中の高額取引が不正利用と思われたのか、クレジットカードが止められてしまった。焦ってあれこれ試してみるも、結局購入できなかったので、ふてくされて寝た。朝起きておそるおそる再トライしてみると、あっさり購入完了。もう一度引き止めてくれると思ったのに。そんなこんなで、その翌日には無事に入手できた。

これまで自分の写真は、撮影対象の「記録」を目的にしてきた。いかにして対象とする事物を写真という媒体を介して説明するか、しかもより伝わりやすいかたちで、ということに腐心してきたつもりである。その際には自己流ではあるが、表現手法について考えることも多少あった。まれに「良い写真だね」「上手だね」と言っていただけることもあったが、いわゆる「作品」を目指してこなかった身としては、正直なところピンときていなかった。

とは言え「作品」に興味がなかったわけではなく、受け手として写真作品を享受してきた。被写体への興味が先行していたためにジャンルは偏っているものの、写真集は何冊も持っているし、展覧会にも出向いたりしてきた。それに自分でも、写真現像ソフトでパラメーターをあれこれいじったりしながら、それらしい表現手法やテイストを理解するためのトライアルはやってきた。撮影時にはほぼ考えていなかったのは事実だが。

振り返ってみると、小さなきっかけがいくつも重なったことで、「作品づくり」に対する欲が自分の中に芽生えてきたようだ。写真中心の本を2冊も出しているのに、いまさらという感は否めないが。いずれにせよ大きな散財をしたことで、今年から写真を「趣味」として捉え直すことにした。もちろん「記録」も続けながら。

寝正月日記

本年元日に発生した能登半島地震で被災されているみなさま、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。特異な地理地形に起因する困難な状況の中で、救出や支援に従事されているみなさま、ご安全に活動できるようお祈り申し上げます。収束どころか被害の全貌も未だにつかめず、関連するであろう地震も広域で頻発しておりますが、一日も早く平穏な日常を取り戻すことができるよう、心から願っております。

大きな災害が今年のスタートになるなんて、僕は全く想定していなかった。のほほんと正月の落ち着いた時間を過ごすつもりでいた。ところが、緊急地震速報からのニュースによって動揺しすぎたのか、悪寒が止まらなくなった。少しずつ情報が入る中で心配は尽きないが、翌2日は実家に帰って飲んだくれる予定だったため、葛根湯を飲んで早々に寝た。

朝起きて検温すると、あっさり高熱が出ていた。加えて、咳もひどい。実家に訪問の取りやめを連絡してから、翌3日から予定していた2泊3日の旅行をどうするか考えてみたが、あきらめざるを得ないよね。それなりのキャンセル料は生じてしまうけど。地震の被災情報の収集をしつつ、朦朧とした状況の中、各種手続きを終えることができた。

夜になって、羽田空港での大事故のニュースが。これには参った。日航機の乗客乗員は全員脱出との報が入って少し落ち着いた気がするが、ひどい動揺っぷりだった気がする。体調が悪いときに冷静さが必要となる大きな事象は危険である。ということで、SNSなどには触れないように布団へ。

翌朝になっても体調は良くならない。もしやと思いコロナの簡易検査を試してみると、くっきりと陽性判定のラインが。これまで何度やっても陰性だったのに。まあでもこれで寝正月が確定したので、いろいろあきらめることができた。そして、大地震からも大事故からも、いったん離れることにした。

その後は徐々に回復していき、大人しく厚生労働省により示された療養期間を経た。昨日7日、昨年末に勢いで購入した新しいカメラを携えて、久しぶりにがっつり外界を散歩した。ようやく新年が始まった気分だ。カメラの操作はまだまだおぼつかないが、初心に返って写真に向き合えるようになった気がする。真面目に修業してみようかなあという気分になった。

すでに年始の記憶が断片化している。いつも以上にダラダラと書いてしまったが、本ブログをご覧下さっているみなさま、本年もよろしくお願いします。

上の写真は、能登半島の付け根にある富山県氷見市の風景。10年近く前、数日間かけて市街地を歩き回ったことがある。隙間なく連なる住戸が生み出す街並みが、とても印象的だった。氷見市でも今回の地震で家屋の倒壊や断水などの被害が出ているらしく、久しぶりに写真を見返して思いを馳せてみた。

 

私的ドボク大賞2023

今年はブログ記事が極端に少なかった。コロナ禍の余波で、ここ数年は出張や旅行が激減している。つまり、インプットの機会が少ない状況が続いている。そのため、風景を読み取る感度は弱体化し、アウトプットに向き合うエネルギーも枯渇しがちだったように思う。とは言え今年は久しぶりに海外旅行に出かけたことで、ようやく上向きに転じた気もしている。

ともあれ例年通り、歳末恒例行事『私的ドボク大賞』を執り行おう。この賞は僕がその年に体験したドボク的ネタを振り返り、僕が感激したものを自薦して、僕が選考・表彰するという、誰の共感も求めない自作自演のアワードだ。

早速ノミネート作品を発表しよう。かつてはノミネートの段階で作業が難航していたが、今年は以下の8つの作品がスムーズに選出された。こうしてみると、建築系がやけに多い気がするな…。

 1  国立競技場

 2 屏風ヶ浦

 3 松原市民松原図書館「読書の森」

 4 ヘルシンキ中央図書館「オーディ」 ※記事を書き損じていた…

 5 テンペリアウキオ教会

 6 アアルト自邸およびスタジオ

 7 ドラマ・日常の絶景

 8 松山市の街路再編

さて、最終審査に移る。とは言え審査員は僕しかいないので、素早く審議しよう。

 ……。

 ………。

 …………。

じゃじゃーん、今年の私的ドボク大賞は『ドラマ・日常の絶景』に決定だっ!!

これは拙著『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』を原案としたテレビ東京による深夜ドラマだ。ふたりの会社員による小旅行を通じて、うっかり見逃してきたドボクの風景を発見していくというもので、よく実現してくださったなあと感激している。

自分が本を通じてつくり上げたコンセプトを、ドラマという全く思いもつかないアプローチでプロのクリエイターたちが昇華してくださるという機会は、めったに得られるものではないだろう。しかも、自分では届けようがなかった方々にリーチするということにもつながった。そんなわけで、本作の受賞は満場一致で可決された。

ちなみに上の写真は、第2話で登場した勝浦の法枠工。

 

ところで、私的ドボク大賞は今回で15回目となるのだが、今回の選考の参考にすべく過去の受賞作を並べてみたので、ついでに書き残しておく。

 第1回(2009) 東京港臨海大橋の一連の架設(東京ゲートブリッジ)
 第2回(2010) リエージュ・ギユマン駅
 第3回(2011) ミヨー橋
 第4回(2012) 池島炭坑
 第5回(2013) 小谷村砂防ダムツアー
 第6回(2014) 常願寺川の治水・利水施設群(本宮砂防堰堤、横江頭首工など)
 第7回(2015) 陸前高田の仮設コンベア
 第8回(2016) アルプスのハイキングコースTrutg dil Flem
 第9回(2017) 湘南モノレール
 第10回(2018) 成富兵庫茂安の足跡(石井樋、桃の川水路など)
 第11回(2019) ティンタジェル城歩道橋
 第12回(2020) デス・ストランディング
 第13回(2021) 高田松原津波復興祈念公園
 第14回(2022) 「新」小谷村砂防ダムツアー

久しぶりに過去をざっくり振り返ってみたが、極めて私的なアワードであるだけに、その年のことを思い起こすことができる。このような取り組みを地道に続けることは、自分にとって意義深いものとなっているので、今後も続けたいね。

来年はもっと前向きに活動することを目指して、インプットの機会を意識的に増やすようにしたいな。そんなわけで本ブログをお読みくださったみなさま、良いお年をお迎えください。