
香港に入国したのは、23時30分頃だった。空港からタクシーでホテルへ向かう途中、真夜中にもかかわらず異様な活気を放つ一角を通過した。車線数が制限され、トラックが横付けされ、大量の荷が積み上がり、人がせわしなく動き回っていた。そのときは熱量に圧倒されて驚愕したものの、場所を確かめることもなく通り過ぎ、チェックインしてすぐ就寝した。
数日後に街をうろうろ徘徊していると、不意に空が大きく開けた。周囲が高層建築で埋め尽くされているなか、低層のバラック状の建物群で構成されているエリアに至ったのだ。トタン屋根が重層するその空間は、すぐにフルーツマーケットだとわかると同時に、あの深夜の熱気の場所であることが直感的に理解できた。そして、出国前に予習として観た香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』の冒頭に描かれていた場面が頭をよぎった。そう言えば、黒社会のボスであるサモ・ハン・キンポーのアジトは、サンキストの箱が山積みされた市場に隣接する港にあったよな、と。ということは、ここも彼らの拠点なのかもしれないと、一瞬身構えて内部に潜入した。
ところがそこは、明るい活気に満ち溢れていた。観光地化された市場ではなく、いまも都市の胃袋を支える流通拠点のようだ。飲食店の仕入れもありそうだけど、一般市民らしき人もたくさんいるように思えた。そこに並ぶ商品を見てみると、日本産の果物がものすごくたくさん扱われているではないか。しかも結構な高値がつけられている。中国は日本からの輸入を抑えているように思っていたのだが、農産物は外されていたっけ。それとも一国二制度の違いなのかね。まあいずれにせよ、香港という都市は、東アジアの流通ネットワークの重要なポイントであることが実感できた。
印象的だったのは、なぜこの場所だけが低層のまま残されているのかということ。周囲は再開発が進み、香港らしく高層化が著しい。この市場はぽっかりと水平的な空間を維持している。前日にはカオスが最高潮に凝縮されていた「九龍城砦」の跡地を見に行っただけに、そのコントラストが気になって仕方なかった。1994年に城砦が完全に解体されたことは、香港が統治不能の空白地帯と決別し、秩序と管理を選択した象徴的な出来事でもあったのだろう。城砦は制度に拒否されて消えたが、市場は制度に回収されながら都市機能として残ったのかもしれない。
帰国後に調べてみると、この市場は歴史的建築群として評価されているばかりか、なんと『トワイライト・ウォリアーズ』のロケ地でもあったという。あわてて映画を見返してみると、ほぼそのままの姿で登場しているではないか。なんたる不覚。完全に無意識で、聖地巡礼していたわけだ。映画では港が近接しているように感じたが、現在の海岸線は埋め立てによってずいぶん先に移動しているようだ。かつての荷役の現場と現在の都市構造とは、若干の時間の層が横たわっていて、僕が認識できなくなっていたのかもしれない。言い訳だけど。ともあれ、この映画はイギリス統治時代の都市に対する複雑なリスペクトを、明確に織り込んでいると考えられるよね。それがわかっただけでもめっけもんだよね。
九龍城砦が消え、ウォーターフロントが埋め立てられ、高層化がどんどん進むなかで、それでも残された低層の市場。そこには、統治体制の変化をくぐり抜けながらも維持される都市機能のリアリティがある。深夜の車窓、偶然の再訪、映画の記憶、城砦の喪失、埋立地の存在。それらが現地で結びつき、あとから振り返って、都市の構造がようやく腑に落ちた。やはり現地に行って体験してみないと、なかなかわからないよねえ。