はちまドボク

何かからはみ出した、もうひとつの風景

体験で引き寄せる歴史

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最近、あらためて「近代デザイン」の歴史を時間軸に沿ってざっくり俯瞰する機会を得た。というか、そうせざるを得なくなった。その過程の中で、昨年末に訪れたイギリスでの体験をしばしば振り返っていた。なんせこの国は、近代デザインの源流である産業革命の発祥地であるせいか、いろんなことが重層的に絡み合っているようなのだ。

ブルータリズム建築の事例で頻出する「ロイヤル・ナショナル・シアター」は、1976年につくられことを考えると、このムーブメントの最後発だろう。当時は世間からの風当たりも強かったらしく、時代の変わり目にさしかかっていたのかな。僕の目からは、ものすごくかっこよく見えるのに。そんなことを考えながら、実際に建築空間をたっぷり堪能した。

ここ最近、ブルータリズム建築の表層を積極的に鑑賞していたのに、その内側に流れる文脈は不勉強のまま強く踏み込まなかった。でもようやく、うっすら位置付けが読めるようになってきた気がする。コンクリートの自由度が高い造形や荒々しいテクスチャーによる空間表現は、適切かどうかはどうかはわからないけど、ユニバーサルな規範に基づく厳格なモダニズムが不意に暴走してしまったかのよう。当時のポップアートに見られるような、社会の閉塞感へのねじれた解答というニュアンスもありそう。そして、この後のハイテック、ポストモダン、デコンストラクションなどの自由な表現を謳歌するようなムーブメントへの伏線にもなったんだろうなあと妄想。ここら辺は、今後も時間をかけてじっくり理解していきたい。

歴史ってのはついつい自分と隔絶させてしまいがちだけど、リアルな空間体験をすることで、なんとなく接続できてくるもの。僕はここ数年、特にその傾向が強くなってきた。順調に歳を重ねているってことなんだろうな。